食卓の迷宮 2
ずっとハイテンションだったカルスもグレートピューが7匹目になる頃には少し落ち着いていた。
他の食材も集めなければならないので2人で周囲を見渡す。
「ねえ、毎日こんな風に食材集めてるの?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「ん?採集実習は週に1回くらいだね。さすがに毎日はしんどいし、他のクラスとの兼ね合いもあるからね」
「そっか。じゃあ、今日体験出来た僕はラッキーだったのかな」
食卓の迷宮という出現するすべてのモンスターが食用という場所を知れたのは幸運だった。いつもの王都の迷宮では毎回手探りだ。
勿論、自分の鍛錬のためにはいつもの迷宮の方が良いのだろうけれど、サニヤの食費を抑えようと思ったら1日1時間限定とはいえ食材の宝庫であるこの食卓の迷宮は素晴らしい。
黒の領地から行く方法がないか、後で良さんに聞いてみよう。
「吹雪は、ラッキーだったって思うんだね。大抵、採集実習が体験になった人はもう来ないって言うよ。調理師がこんなに過酷だと思わなかったって」
「そうなの?カルスも学校ツライの?」
「最初はね。モンスターと戦ったことがなかったし。でも、いつもの食材だって誰かがそうやって獲ってきたもんなんだなって、食事を作るってそういうことなんだなって思うようにしてからはなんとか頑張ってるよ。狩りはあんまり上達してないけどね」
カルスはそう言って微笑んだ。
実際、日本でもこの世界でも食事というものは同じ。
自分以外の生命を奪っていただくということだ。
食卓に魔法でポンッと出てくるわけじゃない。
動物を狩る人、飼育して屠殺する人。植物を収獲する人。
数多の材料を揃えて手が加えられて食卓に上る。
動物を殺すのがかわいそうだからベジタリアンになりますっていう人もいるけれど、僕からすれば植物だって同じ生命に見える。まあ、この辺りの話は議論が尽きないのだろうからあくまで僕の個人的な考えだ。
「吹雪は凄いね。キミがそんなに武器の扱いになれてるとは思わなかったよ」
僕は、カルスの言葉に苦笑いを浮かべる。
確かに、お世辞にも強そうな外見はしていないから仕方がない。
「武器っていうか、補助アイテムはねー、大分練習したから」
それはもう、誰かさんとか誰かさんのスパルタのお陰でもあるわけだけど。
と、シノハラさんの様子を窺うといつの間にか色んな動物の死体の小山が作られようとしていた。
なにやってるんですかぁぁぁ!
心の叫びを押さえてシノハラさんにカルスが気が付く前に隠すようにアイコンタクトを試みる、が、スルーされた。
「あっ!カルス!あっちにいるの牛じゃない!?牛乳摂れるかな?」
僕はわざとにシノハラさんと逆方向にカルスの視線を促す。
「え?どこ?あれかな?」
「そー!あれじゃないかなぁー?」
「うーん、ここからだとハッキリ見えないなあ」
カルスは僕の嘘に気付かずに僕の指差した方向へと歩き出す。その隙に空間収納にシノハラさんの足元から死体の小山を放り込んだ。
それはもう、今までにないほどのスピードで頑張ったよ!
「吹雪ー?あれ違うっぽいぜ。ビッグポールスだよ」
カルスが振り向いて教えてくれる。
適当に言ったのに何かはいたらしい。
「ビッグポールス?」
どんなモンスターだろう、と思っていたらシノハラさんが僕の肩に手を置いた。
「折角だから狩っていこう。あれは美味しい」
「はあ!?シノハラさん、一応授業中ですからね?」
「えー」
「駄目ですよ!」
僕は断固反対する。
これ以上、余計なお土産つくらないで欲しい。
「ええ!吹雪、ビッグポールスを狩るのか!?凄いな!」
どう凄いのかわからないけれど、カルスが参戦してきた。
「イヤイヤイヤ、ホラ、まだ材料全部集まってないし、あれは止めておこうよ」
「ええー!?材料なら吹雪はグレートビューをたくさん仕留めたんだから他は任せても大丈夫だよ!俺、ビッグポールス狩りはしたことないんだ。やろうぜ!」
「ほらほら、カルスも乗り気だ。晩飯は決まりだな!」
カルスとシノハラさんが物凄い勢いでくいついてくる。
「狩っても調理の仕方なんか知らないから無理だよ!」
お世話になっているのに平島さんに迷惑をかけられないし、シノハラさんは食べる専門なわけで。
暮さんは、シノハラさんの為には料理はしてくれなさそうだし、当然、僕にはまだまだ荷が重い。
丁度いい言い訳が出来たと思っていたら、
「あの・・・、簡単な定番メニューなら俺が作れるけど・・・」
と、カルスが名乗りを上げた。
シノハラさんがカルスの肩をポンッと叩いて、
「よし!今夜は一緒に夕食にしようか!」
と満面の笑顔で言った。
こうなってしまったら逃げ場はない。
2人を説得するよりも諦めてさっさとビッグポールスとやらを仕留めて他の材料集めに戻った方が早そうだ。
「ビッグポールスだけだからね!?僕達は授業中なんだから!」
「ありがとう、吹雪!」
カルスが兎耳をピンと立てて飛び跳ねる。
僕は、槍を構えてビッグポールスというモンスターを探してキョロキョロする。
「あれだよ!あの木の向こう側!」
「あー、あれか・・・あれ!?」
カルスの指差す方角にいたのは巨大な猪のようなモンスターだった。
大きさは牛と同じくらいだろう。
こちらには気付いていないようで足元の草を食んでいる。
「あの毛皮が分厚くて弓が刺さらないんだよ」
カルスが自分の手元の弓を見ながら残念そうに呟く。
僕も手元の槍を見る。
これで刺した所で怒って暴れられたら力負けしそうだ。
いっそ氷の能力で槍頭を刺した後に内側から氷付けにしてみるか?
そんな事を考えていたら、シノハラさんが、
「お前の腕力じゃ槍では倒しきれないだろう。折角、剣の練習したんだ。剣にして斬り倒してこい」
と、言った。
確かに、槍で突くよりは、剣で斬りつけたほうが良いような気がするけれど、剣で戦うということは接近戦になる。槍のように距離を取って戦うことが出来ない。
僕が躊躇っていると、シノハラさんがカルスに声をかける。
「吹雪は剣は初心者だからな。カルス、お前が弓で相手の気をひいてやれ」
「俺が!?」
「大丈夫だ。ビッグポールスは、確かに皮が厚い。けれど、例外的に薄い部分もある。そこを狙って打てばいい」
シノハラさんが、足元にどこからか取り出してきた木の枝でビッグポールスの絵を描いて説明する。
「ここだ、この辺りを狙って打て。大抵、怒り狂ってお前の方に突っ込んでくるけれど、回避は得意だろう?」
「うん。うん・・・、多分、大丈夫。やってみます!」
どうやら、兎耳の生えた獣人族はこの世界の平均的な人よりも俊敏が高いらしい。
「そうやってカルスに集中している所を、吹雪、お前が斬れ。練習した通りやれば大丈夫だ」
自分に向かってきているわけじゃないのなら、ビッグポールスは巨体な分、当てやすい的だ。
僕は、頷いて補助アイテムを槍から剣へとつくりかえて持ち直した。