食卓の迷宮 1
「はい、注目!今日は初めて食卓の迷宮へ入る人がいるので軽く復習も兼ねて説明します!」
マグニット先生が転送陣の前でパンパンと手を叩いて皆の注意をひいてから話始める。
まあ、初めて入るのは僕だけだろう。
真面目に説明を聞いておく。
食卓の迷宮
すべての出現モンスターや植物が調理用素材として利用出来ることからその名前がついた神代から存在する迷宮
世界各地にある迷宮のように各階層を踏破していくのではなく1層だけで構成される広大なフィールド。
移動前に収集素材をあらかじめイメージしておけば素材の獲れる場所の付近への転移が出来る。
入場制限時間制で、迷宮に入って1時間で転送陣に強制送還される。
なお、食卓の迷宮へと続く転送陣は世界各地にあり、そのほとんどが国や調理師学校の管理化にある。極稀に個人で所有している例もあるようだ。
転送陣も神代から伝わったもので研究者がこぞって分析、研究をしているが未だ複製に成功してはいないらしい。
「最初にも言ったが、イメージが大切だからな!先程の画像をよく思い出してグレートビューの生息地域へ飛ぶように!グレートビューは大型種なので全員で4匹もあれば調理には充分だけれど、各自、復習分として1匹づつ狩るくらいの気持ちで取り組むように!」
「「「「「「はい!」」」」」」
生徒達からの元気の良い返事を聞いてマグニット先生が笑顔で転送陣の起動を始める。
僕はカルスに、
「これって僕ら別々の場所に飛ばされちゃうんじゃない?」
と、聞いた。
カルスが笑顔で、
「大丈夫。ほら、こうやって身体の一部分が接していれば一緒に飛ぶよ。吹雪もしっかりイメージしといてくれよ!」
と、僕の手を握った。
なるほど、と周囲を見回すと何組が一緒に狩りをするグループがあるらしく僕等と同じように手を繋いでる人達がいた。
グループでイメージを出せば色んな側面からのイメージを思い浮かべることが出来て成功率があがるのかもしれない。それに甘えて全員が違うことを考えていた場合はどうなるのだろうか。少し興味があるけれど、あくまで授業中なので真面目にイメージを思い浮かべる。
草原で走るグレートビューのしなやかな肉体。
あの後ろ足はなんとも美味しそうに思えるのはお昼前で空腹だからなのかな、と思っている間に無事転送されたらしく僕とカルスは草原の真ん中にいた。
他の人はいるのだろうか、と周囲を確認したけれど居たのはシノハラさんだけだった。
「え?シノハラさん?」
僕と同じイメージで飛んできたにしては出来すぎている。
怪訝な顔をしていたのだろう。シノハラさんが苦笑しながら、
「グレートビューを狩る吹雪をイメージしたんだよ。これ、裏技な。迷宮で迷子を捜す時はこうやって対象人物を思い浮かべるといいんだ」
と人差し指を口元に置いた。
「すごいです!」
カルスがキラキラした瞳でシノハラさんを見つめている。
なんだろう。
普段のシノハラさんの破天荒ぶりを知ってるし、何かが出来てもシノハラさんだからで納得出来そうな自分がいる。だから、カルスみたいな純粋に凄い!って感情が湧いてこない。
慣れってコワイ。
「やっぱり吹雪は特別なんだね。あんな凄い人が護衛だなんて羨ましいよ!」
カルスのテンションが高い。
保護者代わりだといっておいたのにカルスの中では護衛で確定されているらしい。
色々弁解したい部分もあるけれど、視界の隅にグレートビューがいたので狩りを優先することにした。
1kmくらい先をグレートビューが走っている。
僕は補助アイテムを槍化して構える。
カルスの前では、使う能力を限定しなければならない。
やはり、初期から使いなれている氷にしておくのが無難かな。丸焼きはしてはいけない。
実際の僕の腕力が足りていなくても補助アイテムはイメージさえ正確ならば狙った部位に確実にヒットしてくれる。午前中にしっかり予習していたお陰でイメージを固めやすかった。
狙うのは、首。
グレートビューの運動神経の中枢を担っている首の後ろだ。
槍先に鋭い氷を纏わせて一気に投げる。
ヒュッ
空気を斬るような音をさせながら槍は飛んでいき狙い通りグレートビューの首元へ刺さった。
草原に倒れこんだのをしっかりと視認してから収集に向かう為に歩き始める。
「すごい!吹雪、キミは凄いよ!」
カルスはまだ興奮が収まらないようで凄い凄いと連呼している。
「おい、あそこの木の実も材料だったろ」
シノハラさんがふいに木を指差す。
木にはリンゴのような丸い実がたくさん実っていた。
確かに、材料の1つだ。
「ありごとうございます。よく覚えてましたね」
グレートビューのことで頭が一杯で他の材料のことをすっかり失念していた。
マグニット先生はグレートビューは、とは言ったけれど、グレートビューだけを狩ってこいとは言っていなかった。
「カルス、もしかして他の材料もここで集めるの?」
「え?あ、うん。そうだよ。調味料以外はここで採集するんだ」
「そっか。じゃあ、他の材料も探さないと」
倒したグレートビューから槍を引き抜いて空間収納へ入れておく。大きすぎて持って歩きたくない。
さて、材料を探すか、と見渡せばもう1匹グレートビューが走っていたので同じようにして倒す。
確か木の実のほかに、シチューを作る小麦粉のことを思い出す。粉にする前の小麦を探さなきゃいけないのだろうか?まさか牛乳も?
カルスに詳しく説明をしてもらいたかったが仕留めたグレートビューの所へ走っていってしまっている。仕方がないので僕も側へ行って先程と同じように槍を抜いて仕舞う。
「ねえ、カルス、小麦なんだけど・・・」
言いかけた傍から、またしても視界にグレートビューが・・・・。
しかし、これも授業の課題の1つだ。1匹でも多く持って帰った方がいいだろうと槍を投げる。
「凄い!吹雪、凄いよ!」
カルスのテンションは上がりっぱなしだ。
あまりに凄いを連呼されていると、本当に凄いことをしているような気がしてきた。
チラリとシノハラさんを横目で見たけれど特に何の感想もなさそうな表情をしていた。
うーん。
いつもシノハラさんのような上位者ばかり見ていたから麻痺していたけれど、もしかして、能力や弱かったり魔力保有量が少ない人から見れば僕はもの凄く強く見えているのかもしれない。
でも、どんなに褒められても実感は薄い。
上には上がいることを知っているせいだろうか。
しかし、冬の巫女姫捜索が終了した後、一般人に紛れて細々と平穏に暮らすのなら、一般の感覚も知っておくべきなのかもしれない。
力は時に、無用な争いの元にもなるのだから。
そんなことを考えながら僕は他の材料を探すべく周囲を見回した。