白の領地 12
その夜は、夢を見ることもなく眠った。
昼間に必死に障壁を張ったせいなのか、目覚めたときに少しだけ気だるさが残っていたけれど、朝食を食べ終わる頃には気にならなくなっていた。
破壊と破滅の姫である詩織さんは未だ目覚めていないらしい。
本人が目覚めないことには、どうして昨日のような事件が起きたのかわからないので僕にはどうすることも出来ない。
昼前には良さんがこちらへ来ると聞いて庭で暇潰しと気分転換を兼ねて補助アイテムで剣を作って素振りをする。
『魔剣クリスタルシュガー』は、能力を発動していなくても、持ち主の存在能力を微量に引き出すらしく普通に素振りをしても小さな粉雪がパラパラと舞うので他所の御宅では使えない。
この立派な日本庭園を荒らしたら申し訳なさ過ぎる。
普段、迷宮では槍を使うことが多いので剣を使い方が身についていない。
槍に比べて接近戦になるのである程度は慣れておかないと怖くて迷宮では使えない。
迷宮といえば、次は水中戦だ。
どこかで潜水の練習もしておかないとなーと思っていたらシノハラさんが珍しくしかめっ面でやってきた。
「どうかしたんですか?」
シノハラさんは、僕と目が合うと両手を挙げて苦笑した。
「いやー、昨夜から洋一郎に電話してるんだけど出ないんだよ」
「携帯に?何かあったんですか?」
生真面目そうな暮さんが電話に出ないとなると、仕事で忙しいのか、もしかしたら迷宮で戦っているのかもしれないな、と想像していると、
「いやー、平島に頼んだら直ぐ出やがった。アイツ、どうして俺を避けるのかねえ」
とため息をついた。
なるほど、暮さんはシノハラさんだからわざとに電話にでなかったのか。
どうしてって、それはやっぱり家庭環境のアレコレのせいではないかと思うけれど、シノハラさんは本当にわかっていないのだろうか。まさか、愛人の子供で微妙な家族関係の父親と同じ能力持ちで色々苦労しただろう暮さんの気持ちがまったくわかっていないなんてことはないと信じたい。
僕等の年代だと色んな事情で離婚している家庭の子供もクラスにそれなりにいるので余り気にしないけれど、暮さんの年代の幼少期だと、愛人の子供という立場はかなり複雑だったのではないだろうか。
僕でもそう思うのだから、当の本人はとても苦労したと思う。
「まあ、とりあえず、詩織は洋一郎に預かってもらうことになったから」
「そうですか。よかったです」
どうやら詩織さんの身の安全は確保されそうでよかった。
僕は少しだけ肩の荷が下りた気がした。
シノハラさんは、僕の手元を見て、
「剣の練習をしてたのか」
と、聞いてきた。
僕は頷いて一振りしてみる。
「こんな感じでやってみてるんだけど、馴染まないというか、実感がわかなくて」
「あー、まてまて、それじゃあ棍棒振り回してるようなもんだ。ちゃんと刃先が相手に当たるように、こう、この向きに構えて・・・」
シノハラさんが僕の手の中の剣の位置を変える。そして、後ろに回りこんで僕の腕ごと剣を振るう。
「こう、だ」
「こう、ですか?」
僕はシノハラさんがしたのと同じように剣を振る。
「まあ、そんなもんだな。あとは実戦で覚えた方が早いかもな。しかし、もう少し足腰鍛えないと堅い敵だと剣を落とすぞ?能力で身体強化するのもいいが、基礎体力もしっかりつけないと駄目だぞ?」
「はい」
自分でも体力面で自信がないので素直に頷いておく。
元々、引きこもり気味だったので標準的な高校生男子の域を越えていないだろう。
「真王が来るまで暇だし付き合ってやろう。剣を置いて門まで走るぞ」
「はいっ」
その後1時間近く僕はシノハラさんに言われるがまま基礎体力訓練に勤しんだ。
「あらら。吹雪君、泥んこだね」
昼直前にやってきた良さんと門の近くで出会った。
僕を見て目を丸くする。
自分でも土や木の葉などに塗れて大変なことになっているのはわかっているので苦笑するしかない。
「シノハラさんと訓練してたんです」
「あらまあ、すっかり仲良しだねえ」
良さんが僕の頭上の葉っぱを手に取って笑った。
シノハラさんも、良さんに向かって手を軽く上げて挨拶する。
「よお。もうそんな時間か。昼飯食べる前に風呂入らないと駄目だな」
シノハラさんが、僕の格好を見てそう言った。
同じように走ったり組み手をしていたはずなのに、転がされまくった僕に比べればシノハラさんは汚れてはいない。けれど、このまま食事をしに行ったら杉浦さんと平島さんに叱られそうなので僕も頷く。
「そうですね。さすがにこれは駄目ですね」
「あはは。杉浦には俺から言っておくし、お風呂入っておいでよ。一緒にお昼ご飯食べよう」
「お願いします」
良さんに伝言を頼んでシノハラさんと一緒に露天風呂に向かう。
手早く汚れを落として寝殿へ向かうと丁度、平島さんが配膳をしている所だった。
さすがに人数が増えたので木製の大きなテーブルが和室に置かれている。
「手伝います」
「では、お茶をお願いします。そのポットに麦茶が入ってますので、グラスはあちらに」
平島さんを手伝って全員にお茶を配る。
麦茶を見ると夏らしくなってくる。
平島さんが、持って来た炊飯器から丸い平皿にご飯を盛り付ける。
何故に平皿なのだろうとよく見てみたらピラフだった。
この世界の炊飯器はピラフが炊けるのか。
と少し驚きをもって考えていたけれど、よく考えてみれば日本の炊飯器でも炊けるのかもしれないと思った。
母親が炊飯器でケーキを焼いたりしていたし、最近の家電は色々出来るらしいので珍しいことではないのかもしれない。
ピラフとカップに入った卵スープ、ポテトサラダが今日の昼食のようだ。
至って普通、平凡、日常的だ。
なんだか、とても平和な日常のように感じて心が温かくなる。
一緒に食べるメンバーは、この世界の偉い人ばっかりなのが不思議な光景だ。
でも、どんなに偉い人だって食事をしてお風呂入って布団で眠る。
結局は同じ、人、なのだ。
僕って幸せだな。
気がついたら異世界にいて、
何故か日本では死んでると言われて、
自分でもわからないような力があるとか、ご主人様だとか言われたりして、
今だって色々、不安や戸惑いもあるけれど、一緒にいる周囲の人が僕のことを考えてくれているのはしっかりと伝わってくる。
それだけで、充分幸せだな、と思った。
自分の為にも、周囲の優しさへの恩返しの為にも頑張っていこう。
そう思いながら昼食を食べた。