白の領地 10
目前の美女は、躊躇いもなく次々に風の刃を放ってくる。
最初の一撃は避けたけれど、連続して襲ってくる刃に避けることを断念する。
あまり大きく避けては後ろの破壊と破滅の姫に当たるかもしれないと思ったからだ。
『魔剣クリスタルシュガー』に氷の能力を乗せてなぎ払う。
空気中の水分がキラキラと凍結していくのが見える。
その過程で、風の刃の勢いが削られて消滅していく。
よし、今の所は、僕の氷の方が勝っているようだ。
僕がそう安心したのとは逆に目の前の女性は一旦、風の刃を止めて不思議そう剣を見つめている。
「それ、もしかして魔剣クリスタルシュガー?」
「そうだよ」
「それは、確か魔王城にあったと思うのだけど、貴方、魔族・・・じゃないわねえ。盗んできたの?」
「失礼なこと言わないで下さいよ!良さ・・・真王陛下から貸していただいてるんです!」
見ただけで『魔剣クリスタルシュガー』のことがわかるなんて、彼女は魔族の関係者なのか、それともどこかの要人なのだろうか。
「ふぅーん、じゃあ、そこそこ使えるのね?なら、遠慮しないね?」
そう言って美女が指先を此方に向けてくる。
本能的にヤバイと感じた。
今までで一番強大な威力が来る、とわかった。
しかし、押し負けるわけにはいかない。
自分の想像力の限界を超えて強い障壁をイメージする。
どんな鋭い風がきてもはじき返す、もしくは無効化できるほどの障壁。
シノハラさんが普段やっていることと同じことをイメージするんだ!
両手で剣を持ったまま、彼女から放たれてくる膨大な風を受け止める。
なんとか障壁は保っているものの、ほんの少しでも集中が途切れたら突破されそうだった。
少しづつ押されて足元が後ろへ下がっていく。
「あら、頑張るのね。いつまで集中していられるかしら?」
あきらかに物凄い魔力を使っているにも係わらず彼女は疲れている様子さえみせない。
おかしい。
今までの実験結果で、それなりに大きな発動をするとそれに見合った虚脱感を感じることは学習している。大きな能力は消耗が激しいのだ。それはラズリィーが視力を失っていたことからもわかっている。
なのに、目の前の美女は、何度も能力を行使しているのに疲弊した様子がない。
「貴方は・・・貴方も巫女姫なんですか!?」
少なくとも、今までに講義で習ったり体験してきた一般とは隔絶した能力を感じる。
だから、彼女も巫女姫なのではないかと僕は推測した。
すると、彼女は何がおかしかったのかお腹を抱えて笑いだした。
しかし、追撃の手は緩めてはくれない。
僕は必死で障壁を張り続ける。
「アハッアハハハハッ!失礼なコね。私がそんなものなわけないじゃない」
「じゃあ、じゃあ、何だというんですか!」
僕は声を絞り出す。
「教えなーい。貴方が知る必要はないわ」
そう言って益々、風の勢いを強めていく。
まだ、まだ上があるのか。
どこまで上があるんだろう。
怖い、しかし、諦めるわけにはいかない。
後ろには破壊と破滅の姫がいる。
必死に絶える。
僕の障壁から外れた場所にある住宅の壁面がガラガラと崩れていくのが視界の隅に見える。このままでは周囲の被害も甚大になる。
どうすればいいのだろう。
しかし、受け止めるだけで精一杯だ。
悔しい。
僕に力があれば。
いや、おそらく力はある。
その使い方がわかっていれば。使いこなせればこんなことにはなっていないはずだ。
どうしよう。
どうしよう。
受け止めながら必死に考えていたら、
「頑固だな、吹雪」
と、ふいに声をかけられた。
「シノハラ、さん?」
声の主の姿が見えない。
もの凄い勢いで迫ってくる風と障壁で視界が悪い。
「すぐ助けてって泣きついてくると思って見学してたんだけど、まだ頑張るのか?」
聞こえてくる声音は今までで一番優しかった。
そうだ、シノハラさんが一緒だった。
あまりに必死で自分で全部なんとかしなければいけないと思い込んでいた。
「シノハラ、さん。僕、頑張りました」
風に押されながら声を張り上げる。
「そうだな」
「頑張ったけどっ、今の実力ではこれが精一杯みたいですっ」
「そうだな」
シノハラさんの優しい相槌に悔しさがこみ上げてきて視界が滲んでくる。
頑張った。
頑張ってきたつもりだったけれど、今の自分では勝てない。
だから、
「シノハラさん。助けて!」
そう声を絞り出すと、ポンと頭に暖かい感触を感じた。
「おう。まかせろ」
すぐ横にシノハラさんが降り立ったのがわかった。
今まで上空にいたらしい。
目に見えない何かに包まれるのを感じた。
シノハラさんは立っているだけだ、なのに風の刃が悉く弾かれて消えていく。
「シノハラ」
美女がシノハラさんを見つめる。
「お前か。どうする?まだ、やるのか?俺の可愛い吹雪を虐めてくれたお返しに本気で相手してやろうか?」
「あら、イヤだ。シノハラ、そんな子供にまで手をつけたの?」
「そういう意味じゃないよ。出来の悪い息子みたいなもんだ」
美女が肩を竦めて風の刃を止める。
「それって可愛くて仕方がないってことじゃない。いいわ、今日は引いてあげる。そのボウヤが気にするみたいだから、今度は亜空間にでも引きずり込んで殺すことにするわ。じゃあね」
言いたいことだけ言って美女はフワリとどこかへ飛び立っていった。
僕は見えなくなるまでその姿を見送る。
そんな僕の頭をポンポンとシノハラさんが撫でる。
「お疲れ。よく頑張ったな」
その優しい言葉が、自分の未熟さを余計に思い出させて涙が少しこぼれた。
僕があんなに必死に作っていた障壁をシノハラさんは何もしていない風に自然に使っていた。
壁の存在さえ視認できないほど自然だった。
悔しい。
同じ異端なのに、ここまでの差があるのか。
しかし、そんなことに気をとられている場合ではなかった。
僕は剣を腰に収めて後ろにいる破壊と破滅の姫の方を振り返る。
彼女は蹲ってピクリとも動かない。
「気を失っているな」
シノハラさんが近付いてごく自然に抱き上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
「このまま居ても騒ぎに巻き込まれるだけだ。一旦、杉浦のところへ帰るぞ。彼女を呼んでこい」
シノハラさんに言われて慌ててラズリィーを呼びに言った。
ラズリィーは、シノハラさんの腕の中の破壊と破滅の姫を見て驚いていた。
一応、同じ姫同士面識があるのかもしれない。
しかし、詳しい話は後で聞くことにして僕達は急いで岐路に着いた。