白の領地 6
僕はシノハラさんに、この庭の方角に僕達以外の何者かが居たことを話した。
もしペットなら見てみたいと思って庭で出たと。
それを聞いてシノハラさんも確認作業をしたのか一瞬だけ考え込むような素振りをした後で、
「それは平島の息子だな」
と、言った。
「息子さん?2人暮らしじゃなかったんですね」
紹介されていないだけで、もう1人住人がいたようだ。
そういえば、平島さんは杉浦さんの妹さんと結婚しているのだから子供がいても不思議ではない。
「ああ。まあ、あまり公式にはしていない。平島公爵家の跡取り問題もあってこの敷地内で隠して育てているって話だったと思ったが、俺は会ったことがないからよくわからん」
「跡取り問題ですか・・・、まあ、公爵様ですもんね。あ、だから、こっちで生活してるんでしょうか」
「そうかもな。真王と若い時は王位継承を争ったこともあるらしいが、現在はほとんど黒の領地へも戻らないらしいし」
「へえ・・・」
「まあ、その辺りも俺が死んでいた間のことだからなあ。詳しくは知らない」
シノハラさん、一体、何年死んでいたんだろう。
10年よりも長いような気がしてきた。
今、40代くらいに見えるシノハラさんの息子さんが60代くらいの外見だ。
能力を使うことに否定的な暮さんだから見た目年齢も自然のままだと考えると、え?20年以上は確実に死んでいた空白期間になるよね?
そんなに長い空白期間をつくったら知り合いにも色々なことが起こったりして浦島太郎状態になることは容易に想像がつくのに、シノハラさんの行動は大胆すぎて理解し難い部分があるなと感じる。
「まあ、隠してることなら深入りしない方がいいですね。平島さんが紹介してくれるのを待ちます」
「そうか。じゃあ、戻って寝るぞ。明日、デートなんだろ?」
シノハラさんがからかうような口調で笑う。
「もう!からかわないでくださいよ!」
シノハラさんに抗議しながら僕達はそれぞれの部屋へ戻った。
改めて1人になって手足の傷を確認すると結構な数の細かい傷が出来ていた。
平島さんから紹介されるのを待つと決めたので明日、朝食の時にどうしたのか聞かれると不味い。
ここは試しに、回復や治療の能力の練習をしようと決めた。
シノハラさん曰く、誰よりも大きな出力で発動できるのならこのくらいの傷は簡単に治せるはずだ。
回復のイメージを脳内で固める。
減っている体力ゲージを魔法を使うと満タンまで回復する・・・って駄目か発動しない。
そもそも、体力ゲージなんて目に見えてないものを治すというのが無理だろう。
やはり、現状回復?普段の自分の手足の傷がない状態を思い浮かべるとジワリと身体が生暖かい空気に包まれるような感覚がして手の傷が消えていった。念の為に足も確認する。
うん、治っている。
かすり傷程度なら余裕で治せると確信出来た。
後は、どの程度まで確実な回復が出来るのかという問題が残る。
病気、怪我、それも部位欠損など生命の危険の大きいものを治せるなら安心ではある。でも、実際に自分や周囲が生死が係わる様な事態に陥った状態で冷静に能力を使うことが出来るのか。動揺が、自信のなさが能力を使うことを阻害して取り返しのつかないことにならないようにある程度の覚悟はしておかなければいけない。
僕の見た夢が先見の能力によるものだとすれば、もうすぐ何かが起こる。
破壊と破滅。
新たに知った姫の能力のことを考える。
通常、ゲームでも相反する属性は存在することが多い、きっと再生系の能力もあるはずだ。
神殿などに自己保全自己修復機能があるように、破壊されたものを元に戻すこと、そのイメージもある程度固めておきたい。
不安と恐怖が自分の中にぐるぐると渦巻いているのがわかる。
今は、シノハラさんがついていてくれる。
しかし、いつまでもそうやって大人たちの厚意に甘えていられるわけでもない。
何かが起こっても自分で立ち向かえる心構えをしていかなければならないだろう。
そう思っても急に劇的に強い精神力が養われるわけではない。
努力はする、しかし焦らない。
自分を追い詰めることも失敗の理由になる。
ふぅー。
強く息を吐き出して僕は布団に潜り込んだ。
僕は、少し暑くなってきた陽射しを浴びながら路地を歩いている。
手には缶ジュースが3つ。
その内、1つはシノハラさんに、もう1つはラズリィーへ手渡す。
穏やかな初夏の昼下がり。
夏なのに外出しているなんて夢のようだな、と思う。
周囲には、自分が住んでいた町と似たような一戸建てが立ち並んでいる。
何気なくそれを見ながら歩いていると急に少しにある住宅が黒い霧状になって四散した。
後には何も残っていない。
大きな空き地が出来上がっていた。
何事かと思っていると少し先の住宅が同じように四散して消えていく。
僕は、何事かと思って様子を見に走る。
シノハラさんとラズリィーも一緒だ。
そして、新たに消滅していく住宅のすぐ側に2人の人影が見えた。
遠くてはっきりと顔は見えなかったが、どちらも女性のように思える。
そして僕達が来た方向より奥側へいる女性の周囲から黒い霧が近くの家へ伸びていくのが見えた。
彼女が、破壊と破滅の姫だ。
そう確信した僕は・・・
どうすればいい?
強烈な戸惑いを感じて眼が覚めた。
途中からまた夢を見ているな、と薄々感じていた。
先見の能力のことをシノハラさんの話かせいだろうか。
いつもよりもリアルに覚えていた。
シノハラさんがいて、ラズリィーがいた。
つまり、この夢はもうすぐ現実になってしまうのか。
寝返りを打って時計を確かめると朝の5時10分だった。
このままもう一度眠るのは少し怖いので起きることにして布団から出て着替える。
確か朝食は7時だったはずだ。
少し外の空気を吸って冷静になろう。
そう思って庭に出ると池の辺りに誰かがいるのが見えた。近付くと杉浦さんだった。
池に向かって何かを投げている。
鯉に餌をやっているのだろうか。
近付いて声をかけた。
「おはようございます」
「おや。おはようございます。早起きですね」
「たまたまです。鯉に餌をあげているんですか?」
明日も起きられる保障はないので偶然であることを伝えておく。
杉浦さんの横に立って池を覗くと立派な錦鯉が数匹泳いでいた。
「ああ、笈川さんもやってみますか?」
そういって小さな袋を僕に手渡した。
見てみると小さな粒が沢山入っている。
鯉の餌が日本と同じなのかは僕にはわからない。
小学校の中庭の鯉に同級生が給食のパンを放り投げているところを見たことがある。鯉ってわりと何でも食べるんだなくらいの知識しかない。
「ありがとうございます」
お礼を言って餌を投げ入れてみると鯉が凄い勢いでパクパクと口を動かして餌を食べに来るのが見えた。
おお、凄い食いつき。
まるでマキちゃんのようだ。なんて、マキちゃんが聞いたら『マキは魚じゃない!』と苦情を言いそうなことを考えた。
「元気な鯉ですね」
「そうですね。我が家で一番元気だと思いますよ」
杉浦さんが穏やかに微笑む。
確かに、杉浦さんと平島さんが鯉みたいにバシャバシャと元気にしているところは想像出来なかった。
朝食までの少しの間、僕と杉浦さんは庭で雑談をして過ごした。
少しだけ仲良くなれた気がする。