白の領地 5
破壊と破滅の姫。
今までに聞いたことのある能力とは違って明らかに攻撃性や危険性が高いとわかった。
心のどこかで、やっぱりと思った。
やっぱり、良さんは僕に教えることをある程度選んでいたんだな、と。
別にそれに不満はない。
幼稚園児に包丁を持たせないのと同じことだ。
冬の巫女姫の不在による脅威について教えなかったのと一緒で僕に対する配慮なのがわからないほど子供ではないつもりだ。
「少し面倒なことになるかもしれないな。吹雪、お前、しばらく俺から離れないようにしろ。この屋敷にいる間はまいいが、外出する時は必ず一緒に行くぞ」
シノハラさんがそう断言する。
「わかりました。その、破壊と破滅っていうのはどういう能力なんですか?」
「言葉通りだよ。世界を壊すことだけに特化した能力だ。基本、他の巫女姫と違って代替わりしない。ある一定の条件下でしか産まれない。だから、普通は条件を満たさないようにするし、失敗した場合は、普通は産まない・・・はずなんだがなあ」
シノハラさんがため息をつく。
世界を壊すことだけに特化した能力。
そんなものはこの世界にとっては脅威だろう。
産まれる条件もわかっていたら普通は避けると思うのだけれど、現在存在するということはその姫は望まれて産まれてきたのだろう。世界を危険にさらしても生きていて欲しい、そう思ってくれる親に恵まれたのならば、他人がどうこうすることは難しいだろう。
世界の為に産まれてくる子供を殺せなんて出来れば言いたくない。
「能力なのだから、意図的に使わなければよいだけなんじゃないの?」
能力も使おうとしなければないのと同じだ。
シノハラさんは僕の疑問に手を横にパタパタと振りながら、
「逆だ。意図的に発動しないようにしなければ破壊し続けてしまう。発動しないように制御するのがかなり難しい。呼吸するだけで世界を破壊しようとする。かなりの精神力で発動しないように抑えるしかない。それが自分の意思で出来る年齢になるまで周囲に出る影響が甚大だ」
と、言った。
自分の意思で制御できる年齢とは幾つくらいからなのだろうか?
少なくとも、幼稚園児くらいになれば自分がやっていることは薄ぼんやりとわかってはくるだろう。けれど、明確に意識して制御するとなるとかなりの年齢になるのではないだろうか。
破壊と消滅の姫が、自力で制御出来る年齢になるまで周囲への被害は大変なものになりそうだ。
「じゃあ、今、制御できない年齢の破壊と破滅の姫が存在しているということですか?」
赤子や幼児に罪はない。
この世界そのものを破壊された場合、この世界に人々はとても困るだろう。
しかし、シノハラさんの答えは違っていた。
「いや、もう成人している。一部のバカが、手厚く保護したお陰で制御も出来るし本人も自分をよく理解している。だから、何事もなければそれでよかったんだが、先見はまず外れない、つまり、本人の制御が出来ないようなことが発生するということだろうよ」
シノハラさんの言う『一部のバカ』からは本気の怒りは感じられなかった。
保護下に置いて制御が出来るのなら能力が過激だというだけで産まれてきた子供を殺そうとは思ってないことがその口調から感じられて少し嬉しい。
勿論、僕達の異端だって、場合によれば駆除対象になりえるのだからどこか同属意識があるのかもしれない。
ふと、自分の能力について思い出す。
「僕達の異端も、破壊と破滅の能力は使用可能なんですか?」
この世界に存在するすべての能力は使えると言われたことがあったはずだ。
シノハラさんは僕の問いに頷いて、
「使える。この際だから言っておくが、俺達が本気で完全状態で発動すれば王や姫よりも強大な発動が可能だ。俺が能力無効だと相手に思われるのは、相手よりも何段階も上の効果で打ち消しているからだ。同等の威力だと反発が発生して無効になったように見えない」
「え?それってつまり・・・四季の巫女姫の代わりも出来るってことですよね?」
この世界と地球両方に影響が出るといわれている事象を冬の巫女姫不在のまま3年間、どうしてシノハラさんが何もしなかったのだろうという疑問が浮かんで、ああ、息子さんが必死に隠している手前、もしかして遠慮しているのか?と思ったが一瞬でそんな気をつかってくれるタイプではないな、と思い出す。
「出来るだろうな。しかし、有史以来、巫女姫が担ってきた役割だ。ここで俺が代打が可能なことを教えたら自分に与えられた仕事をやりたくないと言い出す巫女姫も出てくるだろう。そもそも、俺も息子も、お前も『落ち人』だ。正式なこの世界の住人ではない。あくまで客人だ。過剰な干渉はするべきじゃないだろう。この世界の運営は、この世界の住人で回すべきなんだよ」
シノハラさんには、シノハラさんの確固たる考え方があるようだ。
「つまり、シノハラさんは、もしこのまま冬の巫女姫が見つからなくて重大な問題が発生しても干渉しないってことですか?」
「そうだな。それもまた運命だろうよ。俺は長い間死んでいたから地球に戸籍もないし、ほぼ、この世界に住人に等しいけれどな、自分自身に降りかかった火の粉なら払ってもいいけれど、世界の問題は個人じゃなく世界が一丸となって取り組むべきだ。その過程で、どうしても俺が必要だと判断すれば手を貸すつもりはある」
シノハラさんの言うことは理解出来る部分もある。
すべて異端で手助けして終わらせてしまうのは長い未来を考えれば弊害になる部分もあるだろう。だから、過剰な干渉はしない。
「あくまでこれは俺の価値観だからな。息子はまた違うことを考えているだろう。吹雪、お前はお前の考えでその力を使えばいい。今は、冬の巫女姫捜索を頑張る?それでいいんだな?」
「そうですね。今は、それが僕に与えられた仕事だと思っています」
良さんが僕を保護して住む部屋や知識を与えて、そして選択肢をくれた。
その恩に報いるべきだと思う。
今は、まだ使えるな、と思うだけで実際に使いこなせている能力は少ない。
自分の中に存在する凶器を掌握してから、何が出来るか、何をしてはいけないのかを考えていきたい。
シノハラさんは、僕の頭の上にポンと手を置いて、
「よし。じゃあ、その為の援護はしてやる。消滅の先見に関しては俺が側にいれば被害は最少で食い止めてやるから、安心して捜索を頑張れ」
と、言った。
シノハラさんが後ろから見守ってくれている。
それだけで心の重荷が少し軽くなったようが気がする。
「はい!よろしくお願いします」
感謝をこめて返事をした。
「よし、じゃあ部屋へ戻るか。そういえばお前、どうしてこんな庭の奥まで出てきたんだ?散歩か?」
「あ・・・」
シノハラさんに言われて謎の点滅のことを思い出した。