白の領地 4
お風呂から上がった後、僕は自分の荷物を置いた部屋に戻って押入れから布団を出して敷いた。
まだ眠いわけではなかったけれど、椅子のない部屋ではこうするしか思い浮かばなかったのだ。
ずっと座布団に座ったまま寛ぐことが出来るほど僕はお行儀が良いわけではない。
ポスッと布団の上に寝転がって天井をみる。
王城のシャンデリアとは違う、ごく普通の照明器具が視界に入る。
自分の家ではないけれど、なんとなく馴染む。
やはり僕は日本人なのだと再確認する。
ゴロゴロと転がりながら今後のことを考える。
しかし、考えても仕方がないのかもしれない。
焦って闇雲にさがしても仕方がない。今まで通りに、自分のペースでやれることを増やしつつ冬の巫女姫を捜そう、そう決めた。
明日は、ラズリィーに会って、その後はどうしようか。
杉浦さんの家へ来る道中には特別気になるような場所はなかった。
どうやら、この周辺は住宅密集地だったようで、代表議会議事堂周辺にはオフィスビルと思わしき建物が建っていたのに、ここへ近付くとたまに小さな商店を見かけるくらいでほとんどが住宅だった。
シノハラさんも一緒に行動するのだから何か希望を聞いてみた方がいいのだろうか?
杉浦さんや平島さんに頼るのはやめておこう。
あの2人だとカッチリと型にはまった学習研修を組まれそうな気がする。
こういう時は、マキちゃんが一番気楽な相手だな、と痛感する。
食事の時以外はあまり覇気がないけれど、自分のしたい事をハッキリ主張してくれるのがいい。わかりやすい。
カタン。
近くで障子の開く音がした。
シノハラさんが部屋を出たのだろうか?
気になったので迷宮でよく使う索敵を使って確認してみたら、シノハラさんの部屋から移動している点滅が見えた。方向的に寝殿の方へ向かっているようだ。
1人で退屈してきたのかな?
ふと表示された画面を見ると寝殿とは違う方向、庭の奥の方にも生体反応の点滅が1つあった。
不思議に思ってよく確かめてみると、寝殿には点滅が3つ。
シノハラさんと杉浦さんと平島さんで間違いないだろう。
では、庭の奥の反応は誰だろう?
自分達が通ってきた門を通るルートからはあきらかに外れている。
不審者?
それはないだろう。
平島さんが家屋に鍵をかけないかわりに結界が張ってあると言っていたのを思い出す。
僕達の他に誰かがいる?
しかし、それならば紹介してもらえないのは何故なのか疑問に感じる。
もしかして、ペットかな?
その考えが正解な気がする。
この索敵は、あくまで生体反応の表示だから、点滅しているからといって人間とは限らない。迷宮でモンスターの位置確認するために使っている能力だ。
ペットかぁ。
犬かな?猫かな?
この世界でペットはまだ見たことがない。
杉浦さんの日本贔屓なところを考慮すると、柴犬とか秋田犬とか?鷹って可能性もあるかもしれない。
少し興味が湧いてきて僕は部屋を出て庭に出るように用意されていた下駄を履いて点滅の表示の方向へ向かう。
夏が始まったせいか湯上りなのに外に出ても肌寒さを感じない。
しかし、建物から離れて庭の奥、林に侵入すると街灯がないので一気に視界が悪くなる。
林を抜けると少し視界が広くなった。灌木の群生地帯へ出たようだ。
花や実はついていないようだが、ある程度の間隔で生えているので管理された庭の一部だとわかる。
暗視モードにきりかえて進んでいると今までほとんど動きのなかった点滅が動き始めた。
索敵範囲外へと出られたら見失ってしまうので距離が離れ過ぎないようにと慌てて歩く速度を上げる。
痛っ。
手の甲にシュッと痛みが走った。
思わず歩きながら確認すると赤い蚯蚓腫れのような線が一本入っていた。
一体どこでひっかけたのだろう?
不思議に思っていると足元も時々チクチクと痛い。
どうしてだろう?
立ち止まって周囲をよく確認する。
これは・・・。
灌木の枝に棘を発見する。
それも1つではない。この周辺のものすべてに小さな棘がついている。
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
これは、バラだ。
夏の祭典が近付いてから頻繁に見ていた夢の1つを思い出す。
見たこともないバラ園で彷徨う夢。
動揺して自分の来た方向が一瞬わからなくなる。
あれは正夢だったのか。
どうすればいい?
落ち着こうと深呼吸する。
この場所から建物へは落ち着けば戻れるはずだ。敷地外に出たわけでない。
しかし、頻繁に見た夢の中の一つ、住宅消滅の夢、あれが今のように現実になってしまったらどうしようという恐怖で立ちすくんでしまう。
迷宮のモンスターから感じる恐怖とは違う、得体の知れない不安がグルグルと思考をかき乱す。
どのくらい立ち止まっていただろう。
「吹雪!」
ガシッと肩をつかまれた感触で我に返った。
振り返るとシノハラさんが立っていた。
「庭に出たきり動かなくなったから何してるのかと思ってきたんだが、どうした?顔色悪いぞ?」
シノハラさんが僕の額に手をあてる。
じんわりと暖かい。
自分の指を開けたり閉じたりすると強張っていたのがわかる。決して寒いわけじゃないのに指先が冷たくなっていた。
「僕、夏の祭典に来る少し前から繰り返し見ていた夢があるんです。その夢の中にこの庭が出てきていたのを思い出して・・・」
怖くなった。
語尾は少し恥ずかしくて言葉に出来なかった。
甲斐さんと違ってシノハラさんには笑い飛ばされてしまう気がしたから。
「なんだ?夢の中で怪獣でも暴れたのか?」
「怪獣は出てこなかったんですけど、なんかこう・・・住宅が急に霧みたいに消滅する時があって・・・」
「霧みたいに?爆発とかじゃなくて?」
「はい。黒い霧状になって一瞬で四散していって後には何も残らないって感じで・・・」
僕の言葉を聞いてシノハラさんが少し考え込む。
即答の多いシノハラさんが珍しく何かを思案している。
しばらくして、
「お前、今までに先見の技術について習ったか聞いたことは?」
「あ、はい。聞いたことあります。白の民族が多く持っている予知みたいな能力ですよね?」
アルクスアでラズリィーが倒れた時に聞いていた。
「なるほどなあ。無意識下で先見を発動してたんだな」
シノハラさんが納得顔で頷く。
僕がその言葉に動揺する。
「それってつまり・・・住宅消滅もありえるってことですか?」
あれはただの悪夢じゃなかったのか。
出来れば否定して欲しいという僕の気持ちにおかまいなくシノハラさんが頷く。
そして、
「その先見、まず外れない。そして、その消滅の仕方。ヤバイな。破壊と破滅の姫が近くにいる」
と、言った。
破壊と破滅。
決して穏やかでない言葉に僕の体温はますます下がっていった。