白の領地 2
雑談の後、杉浦さんは用事あるようで部屋を出て行った。
『また夕食の時に』と言い残していったので夕食は一緒に食べることになりそうだ。
「では、2人の部屋にご案内しますね」
平島さんに先導されて寝殿を出て長い渡り廊下を進む。
おそらく方角的には『西の対』だ。
廊下から庭を見ると夏の強くなった陽射しが池を照らしている。
よく見ると池の隅に小船も浮かんでいる。
あれは実際に乗れるのだろうか、それとも飾りだろうか。
そんなことを考えているうちに廊下の終点につく。
「こちらの建物は基本的に客間専用ですからお好きなように使っていただいて結構です。今、午後3時ですね、夕食は6時を予定していますのでそれまでは自由におくつろぎ下さい」
平島さんが腕時計の時刻を確認してから入り口の扉を開けてくれた。
もちろん、ドアではないよで横開きだ。
「それと、我が家は外周に結界が張ってあるので敷地内の建物は施錠されてる場所はありません。ご注意下さい。あとは、庭ですね。この廊下から見える庭園はご自由に散策しても大丈夫ですが、外周の林は屋敷から離れると迷子になりやすいので出歩かないことをおすすめします」
「わかりました。ありがとうございます」
「それではまたのちほど」
平島さんは、軽く礼をして寝殿のほうへ戻っていった。
「じゃあ、適当に部屋決めて荷物置くか」
「そうですね」
シノハラさんに促されて建物の中へ入る。
そもそも正式な『寝殿造り』とは若干の違いがあるようで、客間として使用できるように簡易的な洋式の部屋も備え付けられていた。
小さいけれど自炊できるように台所と風呂、トイレなどがある。
これらは王城と同じような洋式になっていた。
さすがに風呂やトイレが平安時代仕様だったら困ってしまう。
自分の趣味と生活を量りにかけてギリギリまで頑張った結果という所だろうか。
各部屋への扉(障子)は宣言通り鍵の類は一切付属していなかった。
部屋を移動する際には一声かけないと着替え中などに遭遇してしまいそうだ、注意しよう。
シノハラさんは入ってすぐの部屋に荷物を置いて寝転がってしまった。
特に部屋にこだわりがないようだ。
僕はせっかくなので隅々まで探検する。
しかし、どこまで行ってもほぼ和室だ。
特徴も余りないので一度見た部屋なのかどうかも判断が怪しい。
結局、距離感を考えてシノハラさんが選んだ部屋に近い場所に荷物を置いた。
さすがにすぐ隣だと、夜中に王都へ瞬間移動する実験をしていたらバレそうなので隣は避けた。
押入れを開けると小さな文机と座布団が入っていたので取り出して座る。
ふぅ。
一息ついてから内装をじっと見つめてみたけれど特別変わったものは見当たらなかった。
1人になると急に静か過ぎて落ち着かないような気持ちになってくる。
テレビはないのだろうか、と文机や柱などを注視しても起動ボタンのようなものは見当たらなかった。
まるで初めて王城の部屋を探検した時のような気持ちが蘇ってくる。
地球の文化とさほどの差異はないようにみえるけれど、確実に違う。
きっと、こちらの住人ならば当然のようにテレビの在り処がわかるのだろう。
最初、僕は誰にもそういった質問をしなかった。
自分で探すのが楽しかったのもあるし、気分転換をしないと不安で落ち着かなかった所為もある。
今は、大分、この世界に慣れてきたと思う。
それでも時々、文化の違いに戸惑うこともある。
良さんたちは僕を日本人、『落ち人』として扱ってくれる。
最初は、自分でも『落ち人』だと思っていた。
しかし、最近、それが揺らいでいるのがわかる。
僕は間違いなく『笈川 吹雪』という日本の高校生だった。
自分の記憶がある限りは間違いない。
しかし、自分の記憶の曖昧な部分、過去に先代冬の巫女姫と出会っていたこと、フォロワーツ村の神殿で僕だけがサニヤの眠っていた場所を感じとったこと、サニヤが僕を『ご主人様』と呼んだこと。
様々なことが自分が自分であるという自身に揺らぎをかけてくる。
自分の中にある異端と呼ばれる能力。
同じ『落ち人』であるシノハラさんや暮さんも同じ異端なのだから、能力のあるなしで自分が人間ではないと悲観する必要はない。
けれど、平凡な日本の男子高校生にはない能力だ。
使い方がわかってきて色々出来るようになってきたからこそ、これから自分が変わってしまいそうで少し怖い。
先程、両親の事を少し思い出したのも手伝って鬱々とした気持ちが湧き上がってくる。
もう2度と会うことができなくても、両親に顔向けできなようなことはしないようにしたい。
ふぅ。
久しぶりに和の空気に触れたせいもあるかもしれない。
気持ちを切り替えて楽しい前向きなことを考えよう。
うーん。
楽しいことを想像してみる。
そういえば、明日ラズリィーは顔を見せたらすぐに中院公爵領へ戻るのだろうか?
出来れば少しぐらい一緒にこちらを観光したい。
元々、彼女の地元なのだからお願いすればつきあってくれるだろうか?
そう考えて今日、昼間に見た彼女の珍しいパンツルックを思い出す。
あれは中々の破壊力だった。
普段、短くても膝より少し上くらいのスカートかワンピース姿しか見ていなかった分、体育着の短パンくらいの長さしかないキュロットパンツから伸びる白い足に目を奪われてしまった。
あまりの衝撃に見つめ過ぎて『エッチ!』と言われたくなくて出来るだけそちらを見ないようにしていたが、やはりついつい視界に入ってしまっていた。
でも、仕方がない。
仕方がないんだ。
僕だってお年頃の男の子なのだから、可愛い女の子の露出が上がるとドキドキしても罪ではないはずだ。少し頬が熱くなるのを感じる。
明日はどんな服装で来るのだろう?
少し楽しみになってきた。
しかし、若い女の子が露出の多い姿で出歩くのは危険だ。
あまりお勧めは出来ない。
この世界にも不埒な男は存在するはずだ。
いなくても他の男の目にあまり触れさせたくない。
ラズリィーの王子様は僕なのだから!
そこまで考えて我に返った。
ええー、僕、今なに考えてたんだろう。恥ずかしい。
ちょっと、ラズリィーに王子様って言ってもらって頬にチュッってしてもらえたくらいで独占欲出してるなんて。
自意識過剰だ。
彼女は、蒼記さんの婚約者だ。
きっと、あのキスは生命力譲渡の感謝の気持ちだと思う。
気を引き締めなければいけない。
僕の今の最優先事項は『冬の巫女姫捜索』だ。
それが終わるまでは浮ついたことは考えない。
平常心、平常心で皆と同じように仲良く協力して頑張って行こう。
夕食が始まる時刻まで僕は自分と戦い続けた。