白の領地 1
シノハラさんが落とした爆弾の余波の気まずさをどうにか払拭しようと僕は必死で話題をさがす。
出来れば、皆がわかる話題で、平島さんに関係が薄そうな話題がいい。
とりあえず、目の前のお茶を飲んだ。
苦い。
抹茶だった。
見た目でそうかな、と思っていたけれど予想以上に苦かった。
僕は、抹茶味のお菓子は食べたことがあるけれど、本当に入れられたお茶を飲んだことがなかったので覚悟していた以上の苦味に思わず眉をひそめた。
「おや、笈川さんは抹茶が苦手のようですね」
あっさりと杉浦さんにバレてしまう。
「いえ、初めて飲んだので驚きました。想像以上に苦かったです」
杉浦さんは優しく微笑んで、
「それは申し訳ないことをしましたね。今はほとんど日常的には飲まないことは承知していたのですが、日本人の方には懐かしいかと思ったのですよ。それでも手順を守って入れたものよりは甘味を足してあるのですが若い方には厳しいようだ」
「これで・・・」
僕は持っている湯のみを見つめた。
確かに、僕のおぼろげな知識でも、本格的なお抹茶は、目の前でシャカシャカして淹れるということくらいは知っている。後、苦い分、茶菓子が甘い物であったような気がする。
「機会があれば茶室でいれましょうか。普段は、優が紅茶を飲むのでそちらのほうが好ましいかな?」
杉浦さんが提案してくる。
どうやら、家には拘ったけれど、衣食住、すべてを和式にしなければならないわけではないらしい。それでも、『優が』というからには本人は普段紅茶を飲まないのだろう。
しかし、他人に自分の嗜好の強制をしてこないというのは素晴らしい。
たまにいる『自分の趣味は絶対素晴らしい』という意識の人とは違うようだ。
僕の中の杉浦さんの印象は大分かたまりつつある。
真面目、だけど、人を思いやれる優しさがある。
平島さんが隣にいるせいで余計にそれが際立っているような気がする。
平島さんは、打算的、狡猾な政治家から受けるマイナスなイメージが強い。
あ、だから?
ふと並ぶ2人を見て思いついた。
平島さんは、意図的に自分の悪い点を見せている?
本当に狡猾な人は、僕のような子供にそう易々と危険性を見抜かれるような真似はしないだろう。
自分の主人、杉浦さんひ光を当てるために自分が影を担っている。
そういう側面があるのかもしれない。
魔族の大貴族である平島さんが、何故、白の領地で生活しているのか、その辺りの理由も関係しているのかもしれない。
そんなことを考えながらもう一度、抹茶を口に含む。
うん、苦い。
苦味のあるうちに茶菓子を口に放り込む。
モチモチとした生地の中に甘い餡がある。
やはり、ワンセットで丁度良くなっているようだ。
「折角ですから、一度くらいは本格的な抹茶も飲んでみたいです。あ、でも作法は全く知らないです。すみません」
杉浦さんの厚意に甘えてみる。
もし、いつか日本に戻っても自発的に抹茶を飲みに行くとは思えない。一度くらいは茶室でお茶をするという体験をしてみるのも悪くないと思う。
杉浦さんは、僕が乗り気になったのが嬉しかったようでニコニコしている。
「作法は気にしなくても構わないよ。私の道楽ですから。煎茶やほうじ茶もあります。それらなら馴染みもあるのではないかな?」
「あ、それなら普通によく飲んでいました」
「では、食後にはそれらと煎餅でもお持ちすることにしましょう」
食後に煎餅。
この辺りの感覚が、やはり日本人とは少し違うのかもしれない。
この世界の人の食後のデザートへの執念は凄い。
しばらく雑談をした後で、明日のラズリィーの訪問を伝えておくことにした。
「杉浦さん、明日、ラズリィーさんが僕を訪ねてこちらに来ることになっています」
「そうですか。この後、お2人に用意した部屋へご案内します。お客人はそちらの部屋ならば自由に出入りしてもらっても構いませんよ」
「ありがとうございます」
こちらに滞在中に僕とシノハラさんが寝泊りする部屋か。
当然、和室なのだろう。
久しぶりに畳の上に敷いた布団で眠ると思うと懐かしいような寂しいような複雑な気持ちになった。
こちらで目覚める直前の頃は、ベッドで眠っていた。
布団を敷いていたのは小学生くらいの頃までだと記憶している。
家族3人で横並びに布団を敷いて同じ部屋で眠っていた。
もう同じように家族で一緒に眠ることはない。
日本に戻っても、親に会うことは出来ない。
そう思うと改めて自分が遠い場所へ来てしまったことを思い知ってしまった。
「平島、そういえば、夏の巫女姫と平議員しか面会せずに祭典から抜けてきたけどよかったのか?確か代表議員とも面会するはずじゃなかったか?」
シノハラさんが唐突に呟いた。
それを聞いて沈んでいた思考が一気に現実に引き戻された。
そういえば、当初の予定では白の領地の議会代表に挨拶する予定があったはずだ。
平島さんは、穏やかに微笑みながら、
「笈川君には何の利益にもならない会談になりそうでしたので適当に理由をこじつけてなかったことにしておきました」
と、言った。
何してくれちゃってんの!?
本音で言えばありがたい、けれど社会生活では避けて通れない道もあると思って覚悟を決めていたのに。
唖然とする僕。
「そりゃお手柄だ」
とパチパチと軽く拍手を送るシノハラさん。
「優、あまり後輩を虐めてやるもんじゃないよ。彼なりに来客をもてなそうと準備もしていただろうに」
と、困ったようにため息をつく杉浦さん。
「まだまだ、私の思惑に乗せられるようでは優しくは出来ませんね。早く安心して引退したいものです」
と当然のことのように微笑む平島さん。
「え、と、僕はどうすれば?」
「お気になさらず。真王陛下の庇護下にある落ち人との面会権が欲しければ私を論破できる様に努力するでしょう。笈川君は、自由に冬の巫女姫の捜索をしていただければ結構です。余計な負担は必要ありません」
平島さんがハッキリキッパリと宣言する。
「そう、ですか。ええと・・・がんばります」
怖い、怖いよ。
政治の世界。
お客様の立場でよかったと心底思った。
会社の上司が平島さんだったらストレスが凄い勢いで溜まりそうだ。
誰だか名前も知らないけれど、僕と面会するはずだった白の領地の政治家の人、頑張って下さい。
僕に会うのは頑張らなくてもいいけれど、この平島さんという大きな壁を乗り越えれたらきっと凄い政治家になれると思います。
心から応援しています。