寝殿造りの主人
屋敷に到着した後、本殿である「寝殿」の一室に通された。
ひたすら広い20畳くらいの和室で机も何もない。
出された座布団の上に座って平島さんがこの家の主を呼んでくるのを待っている。
久しぶりの座布団が嬉しい反面、初対面の人、しかもこの規模の家の主にあうのだから、と頑張って正座しているのが若干苦しい。普段しないことをするのは疲れる。
シノハラさんは通常運行のようで、胡坐をかいて座っている。
普通の大きさの声で話すと響きわたりそうな静寂に耐えかねて小声でシノハラさんに話しかける。
「シノハラさんは、平島さんのご主人様と会ったことあるんですか?」
シノハラさんは、この静寂に躊躇することもなくいつも通りの声量で返事をした。
「ん?何回かはな。真王に教えてもらってないのか?」
「良さんは、白の領地について少しだけ。個人のことは、先入観なく自分で判断して欲しいって」
「ははっ、めんどうくさいな。まあ、白の領地版、潟元か甲斐とでも思っておけばいいよ」
「はい・・・真面目そうってことだけは伝わりました」
どうやら、潟元さんや甲斐さんみたいに職務に忠実で真面目な性格の人のようだ。
どうにも絶えない笑顔が胡散臭い平島公爵とは対照的な人物のようだが、案外僕の思い込みで平島さんは本当に見た目通りの優しい人なのだろうか?
でも、良さんも暗殺されそうになったとか言っていたしなあ。
どちらにしても公爵様で、白の領地にいる間はお世話になる身なのだから失礼がないように礼儀正しくしておこう。
そんな風に決意を新たにしていると、障子の向こう側に人の気配がした。
「おまたせしました。失礼する」
スッと障子を開けて入ってきたのは、金髪に限りなく近い茶髪の青年だった。
生真面目そうな性格が表情を見ただけで感じ取れた。
日本マニアだと聞いていたのでてっきり和装で現れるものだと思っていたが普通に洋服だった。
これといって特徴もないシャツとパンツ姿。
僕達の正面の座布団にまっすぐ背筋を伸ばして座った。
後からやってきた平島さんが僕達の前に茶と茶菓子の入った木目調のお盆を置いてから、主人の横の座った。
「ようこそ、笈川さん。夏の祭典の出席とここまでの移動でお疲れでしょう。楽にしてください。私はこの家の主、杉浦 涼という。シノハラさんも、お久しぶりです」
「おう。何年ぶりだっけかな」
シノハラさんは早速、茶菓子(見た感じ大福っぽい)をほおばりながらしゃべる。
お行儀が悪いですよ!
杉浦さんは、若干眉をひそめて、
「4年ほどかと思いますね。議員を引退してから私はほとんど篭りきりですからね」
杉浦さんも政治関係の仕事をしていたようだ。
まあ、平凡なサラリーマンの住む家ではないので妥当だろう。
「真王陛下から、領地内の冬の巫女姫捜索中の滞在を任されている。部屋へは後程、優に案内させよう」
「よろしくお願いします」
僕は正座のまま頭を下げる。
平島さんを名前で呼び捨てにするということは紛れもなく彼のご主人様で間違いないのだろう。
見た感じ、普通の真面目そうな好青年(見た目年齢)に見えるし、平島さんから感じるような胡散臭さが全くない、学級委員長みたいな清廉潔白さを感じる。
タイプの違う二人だ。
どうして主従関係になったのだろう。
そんなことを思いながら世間話を進めていく。
「来る途中、少し拝見しましたけど、素敵なお庭ですね。後で池を見てもいいですか?」
「構わないよ。日本人の君には少し時代錯誤かもしれないが、寛いでくれたまえ」
あ、自覚はあったんだ。
杉浦さんは、単純に和風が好きってことなのかな?
しかし、そうですねーとは言えないので、曖昧に微笑みながら、
「この世界に来て、畳の部屋は初めてなので少し嬉しいです。案外、ないと寂しかったりするもんですね」
嘘は言っていない。
元々の自分の部屋は洋間だったけれど、両親の寝室は和室で、寝転がった時の感触がフローリングとは違った優しい弾力があって結構好きだった。
「そうなんですか。私は何故だか和風建築が好きでね。学生の頃は、普通の洋館に住んでいたのだけれど、気がつけばこうなっていたんだよ。やり過ぎたのはわかっているのだけれどね」
趣味を突き詰めたらこうなってしまった、ということか。
想像していたよりも気さくな性格のようでホッとする。
「まあ、住む場所くらいは好き勝手してもいいでしょう。楽しみがないと」
平島さんがフォローを入れる。
「そうだね。笈川さんも、地球とは勝手が違ってやり辛いこともあるだろうけれど、気楽にやっていくといいよ。拠点が黒の領地なのも幸いだね。こちらよりは気楽だと思うよ」
「そうなんですか?こちらは議会制民主主義だと聞いています。日本的だと思うのですが」
僕の言葉に杉浦さんが苦笑する。
「政治形態はそうだし、一般市民ならばそうだろうね。けれど、笈川さんみたいな能力が特殊な人間には面倒事のほうが多いと思うよ」
「そうですか」
政治家に利用されたりする可能性が大きいということだろうか。
確かに、貴族制度に詳しくない上に、真王陛下や他の貴族たちが自由すぎて黒の領地にいて政治的圧迫を感じることはほとんどない。
たまに、王城の広さに驚かされることはあるけれど、精神的圧迫とは違う。
やっぱり恵まれていたんだな。
そっと、脇に置いた『魔剣クリスタルシュガー』に触れて良さんのこれまでの配慮を思い出す。
いつか、どんな形でも恩が返せればいいな。
「笈川さんの滞在期間中は、優に道案内をさせよう。希望の見学場所はありますか?」
杉浦さんからの申し出を僕は全力で断る。
「大丈夫です。特別、どこか行きたい場所もありませんしっ、あの、シノハラさんもいますから」
「そうですか。シノハラさんが一緒ならば問題はないでしょうね」
心なしか杉浦さんがしょんぼりしている。
彼なりの厚意だったのだろうけれど、ずっと平島さんが側にいたらシノハラさんが破天荒なことをするよりも精神衛生上良くないと本能が叫んでいる。
絆されてはいけない。
絶対に、危険がまってると思う。
「お前さんならまだしも、平島みたいな胡散臭いのと一緒だと、吹雪が落ち着かないだろ」
シノハラさんがズバリと言った。
シ・ノ・ハ・ラさぁぁぁぁん。
容赦のないシノハラさんの言葉を聞いた杉浦さんは一瞬だけキョトンとした後、笑い出した。
「ははは、容赦ないですね。シノハラさん。まあ、確かに笈川さんのような年若い方には優は付き合いにくいかもしれませんね。これは仕方ない。優、残念だが、もう少し仲良くなってからご一緒させてもらえるように頑張りなさい」
平島さんは、自分のことをマイナスなイメージで話題にされているのにもかかわらず相変わらず微笑をキープしている。
そこが、怖いんだけど、わかってもらえる日はくるのだろうか。
「笈川君が、私を必要になった時に声をかけていだたければいいですよ。笈川君の滞在中は、公務は休んで自宅にいますから、その間に少しでも打ち解けて戴けたら幸いですね」
平島さんはどこまでも余裕の表情でそう言い切った。