夏の祭典 3
夏の巫女姫、榊原 花梨さんの手に納まっている拳銃を唖然と見守る僕に、
「これが珍しいのかい?」
と、榊原さんが不思議そうな顔で訪ねてきた。
「それはそうでしょう。笈川君は『落ち人』、それも日本人ですよ。日常で武器は携帯しないものです」
と、平島さんがフォローしてくれる。
「そうなのかい。そのわりに腰のそれは違和感なく納まっているね」
「あ、剣は案外馴染みました。これで遊んだりしたので」
と、補助アイテムを槍化したり剣化して見せる。
「こんな感じで。銃器類は、実際に見たのは始めてです」
「これは、中々手馴れたもんだね。やはり一度、手合わせしてみたいものだね」
「あはは・・・、まあ、機会があれば・・・」
適当に笑って濁す。
そうこうしている間に、ラズリィーがお茶を入れ終えてテーブルの上に置いていく。
「ふぶきさん、どうぞ」
「ありがとう」
受け取って一口飲む。
暖かい紅茶で少し心を落ち着ける。
「ふぶきさん、私、今日は花梨お姉さまと神殿へ泊まるのだけど明日、中院公爵領へ戻る前に平島公爵邸へ遊びに行くわね」
「わかった。明日は開けておくね」
「ええ!よろしくね!」
ラズリィーは花のような笑顔を見せてくれた。
この癒し、これだよ、最近の僕に足りなかったものは。
満たされた気持ちに浸っていたら、榊原さんに声をかけられた。
「冬の巫女姫は見つかりそうなのかい?」
榊原さんの立場ならば当然、気になっていたのだろう。そんな質問をしてくる。
僕は正直に、
「今はまだ絶対とは言えないですね。黒の領地にいないということだけはハッキリしたので、今回はこちらで少し捜索していこうと思っています」
「そうなのか。人々の為にも早く見つかることを祈っているよ。何より、ラズちゃんへの負担が大きすぎるからね」
元々、ラズリィーにとって神事の負担が大きいことはわかっていたけれど、今の言い方だと違う意味のように感じられた。どういう意味だろう?と不思議に思っていると、
「本来、秋から冬、冬から春へ受け渡すものを、秋から春へ無理矢理変更しているからね、普通にやるよりも負担が大きいんだよ」
と、教えてくれた。
「そう・・・だったんですか」
よく考えてみればその通りだ。
その可能性を思いつかなかった自分が恥ずかしい。
では、冬の巫女姫が見つかれば、ラズリィーが神事で消耗する量も減らせるのだ。これは絶対に頑張らないといけない。そう決意を新たにした。
その後、少しだけ雑談をして僕達は平島さんの家へ向かうことになった。
祭典に使った体育館からは車で移動する車内で、道中、街並みを見ていたけれど、王都と比べてあきらかに現代日本に近い街並みだった。
立ち並ぶ高層ビル、たくさんの車、歩行者も人種がほとんどで獣人はあまり見かけなかった。
ただ、髪の色はカラフルなので日本と見間違うことはない。
そんな風景を見ていると、ハンドルを握っている平島さんが、
「一時間ほどで私の自宅へ到着します。笈川君は日本人だから改めて言う必要もないですが、一応、土足厳禁です」
「あ、そうですよね」
王城ではベッドに入る時や入浴する時以外は靴を履いていても大丈夫だった。
でも、僕は自分の部屋でだけはなんとなく、靴を脱いで扉の近くに置いていた。
染み付いた生活習慣は中々変えられないのだ。
「畳あるんですよね、久しぶりだなー」
「今日から夏ですので扇風機も出しますよ」
本格的な日本の夏仕様だ。
しかし、車内から見えている住宅はほとんどがビルやマンション形式で、たまに洋風一戸建てがポツリポツリとあるくらいだ。この中に和風建築を混ぜたら違和感がありそうだ。
そう考えている間に、広い公園のような場所が見えてきた。
道路沿いに木々が生い茂っている道がずっと続いている。
いつまで続くのかと思っていたら、ふいに木々の間に車一台分くらい通れる道があってそこに車は進入した。その狭い道の先もずっと左右に木々しか見えない。
「庭を抜けたらすぐに屋敷が見えますよ」
「は?え?もう敷地内なんですか?」
「ええ。我が家は外からみたらバランスが悪いので外周に木を植えているのですよ」
なんと、もうすでに平島さんの家の敷地内に入っていたようだ。
しばらく目をこらしていると遠くに家屋らしいものが見えてきた。
どんだけ広い家に住んでいるんだ。
勿論、平島さんは貴族、それも大貴族様だ。黒の領地にこのレベルの邸宅があっても違和感はない。けれど、白の領地は、日本的というか、所狭しと住宅が立ち並ぶ中、この規模の土地を所有しているとう事実が僕に『平島さんは怖い』を再認識させる。
これ、何か悪い事しないと買えないレベルじゃない?
僕の気持ちにお構いなく車は進んでいく。
段々と、屋敷の全貌が見えてくる。
そこには、完全な日本家屋。
しかも、平安貴族の館仕様があった。
古文の教科書の片隅に載っていた、所謂『寝殿造り』というやつだ。
真正面に「寝殿」、北の家屋を「北対」、東の家屋は「東対」、中央には舟遊びが出来そうな巨大な池というか川がある。どこからみても日本家屋、ただし、現代風ではありません。
僕は驚いてしばらくジッと目の前の景色を見つめ続けた。
「いつも思うけど、お前の主人の中の日本像、少しおかしいぞ?」
シノハラさんが呆れたような声で言う。
平島さんは肩を竦めて、
「本人もわかってはいるのと思いますよ。、現代日本の建築じゃ物足りなかったのでしょう」
と苦笑いしている。
「え、と、つまり、平島さんの趣味でこうなったわけじゃないんですね?」
「そうですね。主人の趣味9割ですね。台所だけは、私が使うから洋風になっていますね」
「あ、そうなんですか」
寝殿造りの中に洋風キッチンがある図が想像できなくてどう反応すればいいのかわからない。
「まあ、気楽にどうぞ。主人は久しぶりのお客様だと楽しみにしていますよ」
「はあ・・・」
僕は気の抜けた返事をしながら近付いてくる屋敷を見つめた。
平島さんが主人という人は一体、どんな人なのだろう。
日本が好きだということだけは全力で伝わってくる。
せめて、忍者の格好で飛び出してきても笑ってしまわないように覚悟を決めておこう。
そう思っている間に、車が止まった。
「お疲れ様、ここからは徒歩で行きますよ」
「あ、はい」
僕は平島さんの後をついて巨大な屋敷に向かって歩き始めた。