真王陛下の料理の腕前と魔剣クリスタルシュガー
食事を終えて暮さんが持参したデザートで食後のひと時を過ごしている。
今日のデザートは、スフレチーズケーキだ。
夏季限定版らしく、甘酸っぱいチーズの中に仄かなレモンの爽やかな香りを感じるサッパリとした口当たりのケーキだ。
「たくさん焼いたから、お裾分けに来たんだよ」
暮さんは、本当にただそれだけの為に来たようだ。
王城に来る前に何箇所か別の場所でも配って来たらしい。
一体どのくらい焼いたのだろう。
「お前は相変わらずマメだなあ」
シノハラさんはガッと勢いよくケーキを頬張っている。
「シノハラさんは普段料理しないんですか?」
「俺はしないな。食べる専門だ。あー、野営の時なら、捕まえた獲物を丸焼きにするくらいはするぞ」
丸焼き。
果たしてそれは料理といっていいのだろうか。
「良さんはたまには作ったりするんですか?」
普段は、王宮料理人や彼の子供達が作っているようだけれど、色んな意味でフットワークが軽そうな良さんなら普通に一通りの料理を作れそうだな。と、思っていたら予想外の答えが返ってきた。
「たまにはねー。でも、下手なんだよねー」
意外だ。
「それは、たまにしかしないからでは?」
頻繁に極上の料理を見ているから自己評価が低いのではないだろうか。
そんな僕の想いを打ち砕くようにシノハラさんが、
「熟練度の問題じゃないだろ。どうやったらああなるのか皆目検討もつかないわ」
「焼きすぎとか?切り方が甘いとかじゃなくて?」
自分の失敗作を思い出して言ってみた。
初めての時の火加減って難しいよね。
野菜も、切ったつもりなのに端っこが繋がっていたりするんだ。
シノハラさんは頭を振って、
「見た目は完璧。料理手順も調味料の分量も間違えてない。それなのに、コイツが作ると何故か味がしなくなるんだ」
「は?」
「辛いとか濃いとか薄いという評価レベルを超えてるね。本当に味がしないんだよ」
「そんなことってあるんですか?」
ちゃんと手順を守って分量も量っているなら味がしないというのはおかしい。
僕があまりに訝しがるので実演しようという事になって良さんが給仕の侍女さんに食材と簡易コンロを食堂に用意させた。
そして目の前で調理された何の変哲もないオニオンコンソメスープが出来上がる。
飲んでみて一言、
「本当だ。味がない」
確かにコンソメを入れているはずなのにオニオンの甘味すら感じられない。
どうやるとこうなるんだろう?
考えても原因が思いつかない。
「どうしてなのかなあ」
良さんが困ったように肩を竦める。
せっかく作ったし量も少ないので一応全部飲んでみる。
最後の一口まで何の味もしなかった。強いていうなら暖かいお湯の味だ。
「どれ作っても同じになるから、良ちゃん出番がないんだよねー」
「まあ、食べられるのだから料理が下手っていうのとは少し違う気もしますね」
丸コゲになって食べられないよりはマシなはずだ。
味はしなくても栄養はとれる、と思いたい。
「まあ、遊びはこのくらいにして、明日からの夏の祭典なんだけど」
と、良さんが使った調理器具を侍女さんに下げてもらって元の席に座った。
それに倣って僕もシノハラさんの隣に座りなおす。
「春の時、吹雪君が氷の能力の気配を撒き散らしてたのが今は治まってることで何かしら言ってくる人がいるかもしれないから、コレ、貸してあげるね」
良さんは椅子に立てかけてあった剣を掴んでテーブルに置いた。
僕の不安定だった能力が落ち着いたことと、武器を貸し出されることの共通点が思いつかない。客観的には能力が目立たなくなって弱体化したように見えるから自衛しろってことだろうか?
「これは『魔剣クリスタルシュガー』だよ」
そういって鞘から刀身を引き抜いて見せてくれる。
クリスタルと呼称されるとおり透き通った鉱石で出来ていた。
名前が偽りでないならばクリスタルを磨き上げてつくった剣なのだろう。
しかし、それならただの魔剣クリスタルと呼ぶべきだ。シュガーとはどういう意味なのだろう?
「これは、氷の能力を付与すると刃が鋭く硬くなる。そして、」
良さんが、軽く刀身を振るうとキラキラと輝く粉雪のようなものが周囲を舞った。
「有効範囲にあるモノがこうなる」
と、テーブルの上にあった飲みかけの珈琲カップを掴んでひっくり返す。しかし、珈琲はこぼれなかった。よく見ると珈琲は凍結していた。
「良ちゃんはー、氷属性はちょこっとしかないけど、それでもこれだけの効果がある。吹雪君だともっと使いこなせると思うよ」
「こんなすごいもの借りてもいいんですか」
補助アイテムとは違う、魔剣はかなり高価な物のはずだ。
出来れば人に向かって使うような自体は避けたいけれど、単純にカッコイイ武器に触れるというのが嬉しい。
「本当に対人戦になるようなことはシノハラがいるからないと思うけど、それを発動して一振りするだけで牽制には充分だろうしね。でも、それ宝物殿のヤツだから貸すだけだよ?」
「充分ですよ!ちなみに、もし売買するとしたら相場ってお幾らくらいなんですか?」
魔王の城の宝物殿にあるような由緒正しい魔剣なら当然、それなりのお値段がするのだろう。
僕でも一生頑張って貯金すれば購入出来る値段なら、魔剣をどこかで購入するのもアリかもしれない。
「うん?これは神代遺産の宝石武器シリーズだからね、お金では買えないよ。他の石も国が管理していて個人所有はないからね。普通に現代鍛冶師が鍛えた魔剣なら、ピンキリだけど、2千万くらいだせば性能が良いものが買えるんじゃないかな」
「2千万ですかー。頑張れそうな微妙な値段ですねー・・・って!その剣、そんなお宝なのに国外に持ち出していいんですか!?」
国が管理するような大切なものを僕のような子供に持ち歩かせるなんて、潟元さんが聞いたら怒るんじゃないだろうか。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。その為のシノハラだものー」
良さんが明るく笑う。
「俺は警備員かっ」
シノハラさんが苦笑する。
どうやら、夏の祭典へのシノハラさん同行の理由は、治安が悪いということではなく、この『魔剣クリスタルシュガー』を僕に貸し出す為だったようだと気がついた。
勿論、僕も奪われないように気を引き締めて行動しようと思う。
でも、後でこっそり試し斬りしてみてもいいかな?
お風呂場でどのくらいまで凍結するのか実験してみたい。
僕は、早く『魔剣クリスタルシュガー』を触ってみたくて後半の話はほとんど頭に入ってこなかった。