厨房での噂話
慌てて厨房へ逃げ込むと、厨房の中もいつもと違ってピリピリとした緊張感のある雰囲気がした。
いつもなら、どこかの国の偉い人の為の晩餐会の準備でも不真面目ではないけれど、平常心というか、落ち着いた和やかな雰囲気の厨房の料理人さんたちなのに、と不思議に思いつつ副料理長のデンザーさんの所まで行って声をかける。
「こんばんはー。今日の迷宮の分、先に少し届いたと思うんだけど、残り持ってきました。どこに出したらいいですか?」
「お、坊。真王陛下と一緒に行ったんだって?ワイルドカマーがたくさん届いたけど、他もあるのか。とりあえず、ここに出してもらえるか?」
僕は、デンザーさんが指差した調理台の上に空間収納の中に入れておいたエビっぽいヤツと貝をポイポイと出していく。
ワイルドカマーっていうのは先に渡しておいた甲殻類、限りなく蟹っぽい、ズワイよりタラバみたいなゴツゴツしたアイツのことだろう。
「おお、思ったより多いな。今日はずっと25階で頑張ってたのか?」
「そうなんですよ。26階に行く準備してなくて。デンザーさんは、迷宮詳しいんですか?」
「ああ、そこそこ実力のある料理人なら25階までは当然だぜ?王都で新鮮な海産物を手に入れるのに一番いい場所だからな。26階は、いける実力があるなら料理人じゃなくて王宮衛兵にでも志願するだろうよ。カカカッ」
デンザーさんが笑うと嘴が鳴って本当に楽しそうに聞こえる。
良さんが言っていたように25階からは階層主を倒さなければ進めないし26階は水中だ。
これより先に進めるかどうかで相手の実力を測る目安になりそうだ。
収獲物をすべて出し終えて、
「これで以上です。今夜は海鮮三昧ですね!・・・ところで、今日は皆さんいつもと少し違いますよね?何かあったんですか?」
後半部分は、声のトーンを押さえて聞いてみた。
デンザーさんは、僕の耳元に嘴を寄せて、
「そりゃ、アレよ。暮さんが来てるだろ?多分、夕食食べていくだろ?だから料理長がピリピリしてよぉ。それで若いヤツラもつられてやがんのよ」
「ええ?」
「そりゃあよ、こっちはプロだからな。素人に料理の腕で負けたくないわな。特に、パテシェのアルナス見てみろよ。今にも倒れそうな顔色してやがるぜ」
そういわれてパテシェ長のアルナスさんの方を見ると確かにいつもより顔色が悪い。
クリームを泡立てる手元も危うく何度かボールを落としそうになっている。
「いつもはこんなことないのに、そんなに気になるんですか?皆さんの料理、とっても美味しいですよ?」
「カカカッそう言って貰えるのは嬉しいけどよ、正直なところ、あの人には勝てないと皆思ってるんだろうよ。たまに来ては凄まじい手際で仕上げていきやがる。今日は、坊への手土産にデザート持ってきたからな。それに負けないメイン料理を用意しなきゃなんねえ。だから皆、ピリピリすんのさ。まあ、職人魂ってヤツよ」
王宮料理人の皆さんは、この国一番の料理人だからお城の厨房を預かっているのだろうし、王族の子供達が作る家庭的な料理や僕の初心者料理からしてみれば憧れる腕前なのだけれど、素人にはわからない何かが暮さんにあるのだろうか?
異端の能力に調理技術があるとは思えない。
あったとしても、その能力を忌み嫌っている暮さんが使っているとは思えない。
純粋に自分で習得した技術で、王宮料理人をここまで警戒させるなんて、暮さんも大概チートな人だな、と思う。本業は会社の社長さんで料理が得意。そして、女性にモテモテ。
そう思えば、今現在、シノハラさんに捕まって厨房に居ないことはよかったのかもしれない。
そんなことを考えていたら遠くで爆発音のような大きな音が響いた。
幻聴ではないらしく、厨房にいた皆も手を止めて音のした方向を見ている。
「何かあったのかな?」
「あー、ありゃあ、大闘技場からだな。あちらさんは決着がついたようだ。そろそろこっちも仕上げないとヤバイな。坊、お前さんさえよかったら暮さんを夕食まで引き止めておいてくんないかな。俺達が最高の夕食を作るからよ!」
「うん。楽しみにしてるね!」
厨房を出て行く時、なんとなく全体の動きを見ると、先程に輪をかけてピリピリとした空気の中、凄まじい速度で料理人たちが調理をしていた。
「ふぶき、楽しそう?」
「わっ」
今までずっと黙って後ろにいたサニヤが急に話しかけてきて吃驚する。
サニヤってたまに存在が薄いんだよね。
メイド服のせいも多少あるのかもしれない。侍女さんとは基本的に触れ合いがないからね。僕の部屋専属のアマリカさんだって必要ないことは話さない。
「そう?かもね?晩御飯楽しみだね」
「楽しみ!」
僕はサニヤと一緒に暮さんに会う為に大闘技場の方へ向かう。
暮さんが料理上手というのも素晴らしいことだけれど、それ以上に、すでに高みにいるはずの王宮料理人の皆さんがもっと上を目指して努力しているということが嬉しかった。
ああいう1つのことに打ち込める職人魂は尊敬と憧れを感じる。
僕の料理は、自分が日常に食べる為で、人に食べてもらう料理には程遠い。
その道を極めようと思うほどでもない。
色んな事を手当たり次第試しているだけだ。
自分が一生をかけて取り組もうと思えるようなことに出会っていない。
いつか、僕にもみつかるのかな。
未来の自分は、彼等のように努力出来る誠意の人になれるだろうか。
そんなことを考えている間に、大闘技場に繋がる廊下へ出た。
暫くするとシノハラさんがこちらに向かって歩いてきた。
「シノハラさん、こんばんは」
「お!吹雪。元気そうだな!」
シノハラさんは片手を軽くこちらに振るとサニヤの方を見た。
「噂の原始種族ちゃんか。よろしくな」
サニヤはサッと僕の後ろに隠れてしまった。
「人見知りさんか。サミヤと似てるのは毛色だけか」
「サニヤさん、シノハラさんは怖くないよ?」
声をかけてみたけれどサニヤは僕の上着を掴んで隠れたまま出てこようとしなかった。
「ははは。嫌われたかな。俺は夕食まで真王んとこに行ってくるわ。一緒に戻ったんだろ?」
「あ、はい。暮さんは、まだ大闘技場ですか?」
「おう。じゃあ、また夕食の時にな」
シノハラさんはそれだけ言うと振り返りもせずに行ってしまった。
さて、僕は僕の使命を果たそう。
夕食まで暮さんを足止めできるような話題はあっただろうか。
そう考えながら大闘技場の中へ入っていった。