爺
夕方、王城に向かっている道中で、
「真王陛下!」
と大きな声が響いた。
声をした方を見ると、白髪の執事服を着た初老の男性と数人の兵士が立っていた。
老紳士はその耳が若干尖っていること以外は、大体想像通りの熟練の執事を彷彿とさせる人物だ。恐らく彼が噂の『爺』だろう。
隣に立っている良さんを見ると、悪戯した子供が母親に見つかったような表情で、
「ただいまー」
と、胸元辺りまで片手をあげてヒラヒラした。
男性は、右手を胸に、左手を後ろに回して、
「ご無事のご帰還なによりでございます」
と恭しく礼をした後、真っ直ぐに向き直り僕の方を見て、
「お初にお目にかかります。笈川様。私はこの城で王族の方々の雑事を承っております潟元 弦水と申します。お見知りおき下さい」
と良さんにしたのとは違う、両手を真っ直ぐに伸ばしたままで礼をした。
礼儀作法の授業が苦手なのでよく覚えてないけれど、きっと相手の身分で礼の仕方が違ったりするのだろう。良さんが逃げ回るくらいだ、甲斐さんと同じように真面目な臣下の1人だろう。
相手に挨拶させただけで放置するわけにはいかないので僕も慌てて礼を返しながら、
「こちらこそ、お世話になってます。あのっ今日は良さ、真王陛下に迷宮に連れて行っていただいてましたっそれでっ皆さんにとお土産を持って帰ったのでよかったらこれ!どうぞ!」
僕は持っていたバッグを差し出した。
中には主に蟹っぽいモンスターが詰まっている。
「他にもあるので厨房の方に届けますね!」
一気に言い切った後で急に恥ずかしくなった。
潟元さんの視線を感じてなんともいえない居心地の悪さを感じる。
初対面の、ただ挨拶をされただけの人なのに何故なんだろう。
不思議に思いながらも、この感覚は体験したことがあるな、と記憶を探った。
どこでだろう。
意味もなく怖いような緊張する相手・・・あっ!
学年主任の先生だ!
結論にたどり着いて深く納得する。
高校入学の時に、特異体質に関する学校側との協議の場に、担任と共にいた学年主任。あの先生から感じた無意味な威圧感と同じなのだ。勿論、潟元さんだって、学年主任だってきっと、僕に特別な感情なんて持っていないはずなのに、ただそこに居るだけで威圧感を感じさせられるのだ。
それは、彼等の独特の気配のせいなのか、相手に対する僕のイメージから作り上げられた恐怖なのかはわからない。僕の勝手なイメージだとすれば無駄に怖がられて相手にとっては失礼な話だろう。
バッグを差し出したまま硬直していた僕に、
「お気持ちありがたく頂戴いたします。ですが、今後はこの様なお気遣いは無用でございます。笈川様は我が国にとっては大切なお客人でございますので」
笑顔の欠片もなくそう言って真っ直ぐに僕を見据えた。
怖いよ。
僕は潟元さんから感じる威圧感の理由がわかったような気がする。
表情だ。
そして口調。
サニヤも若干表情が乏しいけれど、口調から感情が見えてくる部分があるのに、潟元さんは限りなく無表情。どちらかというと眉間の皺(きっと良さんの素行の歴史の成果に違いない)のせいで不機嫌そうに見えるくらいだ。
「爺、せっかく獲ってきたんだから、これ夕食にしようよ。ほら、これ厨房にお願ーい」
良さんは、硬直していた僕の手からバッグを取って側にいた兵士の1人に手渡した。受け取った兵士は礼をして城へ戻っていく。
「で、わざわざ迎えに来たってことは何か問題でもあった?」
「いえ。火急の用件ではありません。まずは城内へ戻りましょう」
「そ?じゃあ、帰ろうかー」
良さんが先頭を、その少し後ろに潟元さんと兵士 、僕の順番で王城までの残り少ない道を歩いていく。
話題がないので黙々と歩きながら、潟元さんが、火急の用件ではないといったことについて考えていた。
つまり、火急じゃない用件はあるんだよね?
詳細を告げず城へ戻ることを勧めたのは、街中では話せない内容だからだろうか?
何かあったのだろうか。
単純に、考えすぎで抜け出した良さんへのお説教を外でするのが憚られただけかもしれない。
考えてみたけれど結論が出る前に城門へ着いてしまった。
「じゃあ、吹雪君は、残りを厨房へお願いするねー。夕食は一緒に食べるよね?また後でね!」
と、良さんに手を振られて一旦別れる。
そのまま、まっすぐ厨房へ向かうフリをして、自分に探知・識別の能力を展開して良さんと潟元さんの近くまで戻る。
迷宮でモンスター密集地域を踏破する際に磨き上げたこの能力、そう簡単には気付かれないだろう。
僕と別れて長い廊下を真っ直ぐに歩いていく2人の後ろからそっと着いていく。
この廊下の先には行ったことがない。
「で?お小言は後で聞くから、何があったの?」
「その物分りの良さを他で発揮していただければ、私も何も言うことはございません。真王陛下、黙って外出されては困ります」
「言ったら許可してもらえないでしょー」
「状況によっては可能だと思います」
「今日は、駄目だって言ったでしょー。だから、黙って出かけました!この話は終~了~!で、わざわざ迎えに来た理由は?」
潟元さんは、一瞬だけ躊躇した後で、
「昼過ぎにシノハラ様がお約束通りに登城されました。その少し後で、暮様が・・・」
「え?来ちゃったの?」
「はい。笈川様に会いに来られたようです。ですので、違う応接室でお待ちいただいていたのですが、先刻、夕食の時刻が近くなって来たので調理の助力をと申し出られまして厨房へ向かわれた所、運悪く暇を持て余したシノハラ様とバッタリと」
「あららー。で、もしかして大格闘場?」
「左様でございます。我々が止める間も無くシノハラ様が暮様を連れていかれまして、一時間ほど経っております」
「あららー」
話から推測するに、どうやら、シノハラさんと暮さんが大闘技場という場所で親子喧嘩(?)をしているようだ。僕がいつも使わせてもらっている運動場の5倍くらいの広さがあるらしい大闘技場を使うって一体どんなことになっているのだろう?
まあ、親子喧嘩なら大事件ではないね、よかった。
と、僕が安心して当初の目的通り厨房へ向かおうと思っていると、
「納得した?吹雪君」
と、僕のいる死角になっているだろう場所を向いて良さんが言った。
え?
失敗した?
能力が不発だった?と再確認しても発動しているのを感じる。
どうして気が付かれたんだろう、と慌てながら不思議に思っていると、
「隠れたまま聞いてればよかったのに、時々、こっち見ていたでしょ?気配だけ消しても視線は消せてないよ?」
と、良さんが僕のすぐ側まで来て言った。
「ごっごめんなさーい!」
僕は、叫びながら厨房まで走って逃げた。
良さんが怖かったんじゃない。
良さんの口調は面白がっていた。
僕が逃げたのは、潟元さんの視線だ。
あきらかに怒っていた。
あのまま、あそこにいたら良さんですら嫌がるお説教を受けると判断したからだ。
幸い、明日からは夏の祭典だ。
このままなかったことにして欲しい。