神の制約
この世界の神様について少し興味が湧いてきた。
今まで出会った人達の話し方を聞いていると、地球の神様と違って実際に会えることもあるようだ。
しかし、こちらに干渉はしてこない。
でも、今のサミヤさんから聞いた話の印象だと、原始種族には「世界に干渉しない」という制約をつけているようだ。彼等がそれを遵守する理由は謎だけれど、個人的な感情を持つ者にそんな制約をつけることは中々厳しい対応ではないだろうか。
実際、原始種族が積極的に活動せず眠ってばかりいるのは、エネルギー補給の大変さもあるけれど、その制約のせいではないかと僕は強く感じている。
そもそも、エネルギー補給も、その気になればこの世界で活動する生命体すべてから吸い上げることが可能な種族なのに、それをしないないということは、特別な、神様からの許可の出ている条件下でのみ発動が許されているからではないのだろうか?
何故、神様は原始種族にだけ、そんな対応をしているのだろう。
「神様に弱みでも握られている?」
ふと口からこぼれでてしまった思いつきに良さんがテーブルをタンタンタンと叩いて笑い始めた。
「あはっあははははっ。君はいつも、すごいこと言い出すね、あはは」
いつも、というのは、恐らく『松田さんをお父さんと呼んだ事件』のことだろう。
思い出してカッと耳が熱くある。
出来れば忘れて欲しい。
「あー、あはは。おもしろい。で、サミヤさん、どうなの?純粋な疑問に答えてあげたら?」
未だ笑いが収まりきっていなくて若干涙目になっている良さんとは違いサミヤさんはどこまでもクールだった。
「真王陛下。貴方は怖いモノ知らずですね。彼に敵意があれば貴方の命はありませんよ?」
ちょっと、何を言っているのかわからない。
自分のウッカリ発言で笑われたくらいで殺人衝動に走ったりするほど僕は短気じゃないつもりだ。
「まあ、その時はそういう運命だったんだよ」
良さんは笑って受け流す。
元とはいえど、一国の国王、しかも魔王だった人が僕のようなやっと能力を使い始めたヒヨコに殺されるわけがないと思う。
あっさりそんな運命を受け入れないで欲しい。
サミヤさんは小さくため息をついて、
「貴方は相変わらずですね。及川さん、貴方の疑問に少しだけお答えしましょう。弱みを握られているわけではありません。ただ、我々は見えない鎖で繋がれているのです。神に逆らうことが許されないのではなく、出来ないのです」
「出来ない?」
「ええ。精神系能力で縛られると術者に逆らえないのと同じです。我々には神の意思に反した行動が一切出来ないのです」
「どうして、そんなことに・・・」
それでは奴隷のようではないか、と思ったが今度は言葉にせずにのみ込んだ。
「その理由については、我々は答えることが許されていません。ただ、貴方が心配するような非道な理由ではありません。我々は誰一人、神のその決断に不満を持ってはいません。納得しています。少しばかり、人生が長くて退屈しているくらいです」
神様がどうして原始種族にそんな制約を課しているのか皆目検討もつかなかったが、彼等が特別な理由がなければ攻撃してこないということだけはわかった。
この世界の大半の生命にとっては安心だろう。
彼等がそれを不満に思っていないと言う以上、こちらが余計な勘繰りをしても仕方がない。
「えーと、一応、正当防衛は認められているんですよね?」
気になったので確認しておく。
サミヤさんは少しだけ微笑んで、
「ええ。生命を脅かされると判断した場合に、生命力を奪うか、記憶を奪うことは可能です」
「個体数が少なくて希少な歴史の証人でもある原始種族を危険にさらすような真似をすれば、ほとんどの国からも追放されちゃうと思うよ?」
「そりゃそうですよね。今のままで平和なのに波風立てる意味もないですよね」
「あはは。それでも時々は破滅思想のヤツが灰の塔に攻撃していってるけどね」
良さんがギョっとするようなことを言い出した。
「ええ。あれでたまに眼が覚めるので止めて欲しいですよね」
サミヤさんが、近所の騒音が迷惑とでもいうような軽い感じで返答する。
「あの、それ大丈夫なんですか?」
「ええ。創造神自らが建造した塔ですからね。傷1つ付きませんよ。少し揺れるくらいです」
「はあ・・・」
最近減ってきたとはいえ、この世界の常識に時々戸惑う。
しかし、創造神が造った塔か。
機会があれば見てみたい。
そんなことを考えていると、サミヤさんが、
「私はそろそろお暇させてもらいますね。この後、仕事がありますので。サニヤ、迷惑をかけないように良い子にしているのですよ。では、真王陛下、笈川さん、サニヤのことをよろしくお願い致します」
と言って席を立って頭を下げた。
慌てて僕も席を立って、
「あの、色々、不躾な質問してしまってすみませんでした。サニヤさんのことは出来る限り守ります」
思いつくまま、割と興味本位で質問してしまったことを謝罪しておく。
サニヤのことは、神殿から連れて来た責任は取る覚悟はしている。
「お気になさらず。話せないことは話してませんから」
サミヤさんはそう言って僕の前に立って右手を差し出してきた。
握手を求められていると思って握り返したら、その手を伝ってサミヤさんの意志が流れ込んでくるのを感じた。
『1つだけ訂正を。我々が逆らえないのは創造神だけで、他の神であれば攻撃することが出来ます』
驚いて目を見開いた僕の視線を受けてもサミヤさんは動じることなく、
「では、またいずれ」
と言って食堂を出て行った。
一体、どういうことだろう。
創造神以外の神様と戦う予定でもあるのだろうか。
わざわざ僕にだけ語りかけてきたということは良さんには秘密の話ということだろう。
僕がぼんやりしていると、良さんが、
「どうかした?何か気になるの?」
と聞いてきた。
さすがに、他の神様のこと攻撃するかもですよ、とは言えなかったので咄嗟に、
「あ、なんか仕事があるっていってたけど、働いてるんだーと思って」
と言ったら、良さんが悪戯っぽく笑って、
「あはは。実は芸能プロダクションでマネージャーしてるんだよー。アイドル育てたりしてるの」
と言った。
「はぁ?」
原始種族の希少性とはかけ離れた世俗に塗れた話に僕は驚いて声を上げた。
「芸能界って、刺激が多いから面白いのかもねー」
良さんの解釈に少しだけ同意して、それでも、先程まで目の前にいたサミヤさんと芸能界という不釣合いなイメージに僕は飲みかけの珈琲をグッと流し込んだ。
神様といい、原始種族といい、この世界、不思議が多過ぎる。