八十七.敵は内にいるかもしれない
「あ、やべっ!胡軫が死んでもうた!すぐに兵たちを退却させるのだ!!」
城門の上より戦況を見ていた華雄は胡軫が討たれたとなるや否や、すぐに退却命令を下した。
この華雄の素早い判断により、胡軫軍は多数の死者を出しながらも汜水関に退却することに成功した。
そして、勢いに乗って城門近くまで追撃してくた孫堅軍に対して、華雄軍は城門上より石や大木や槍や弓を放り投げ、孫堅軍に一矢報いていた。
「むむっ!このままではいかん!退却!退却だ!!」
これ以上汜水関を攻めることは不可能と判断した孫堅は、すぐに退却命令を下し、『梁東』という地まで軍を引き揚げた。
(見事な引き揚げ方だ・・・これは苦戦するぞ。)
孫堅の見事な引き揚げ方を見た華雄は、孫堅との今後の戦いを想像して表情を曇らせたのであった。
梁東の地まで引き揚げた孫堅は軍の被害状況と武具兵糧の確認を行った。
確認が終わると、輜重隊の隊長は孫堅の元に赴き、彼に現状報告をした。
「孫堅将軍。武具は問題ありませんが、兵糧が全然足りません。ナッシングです。」
「やはりそうか。すぐに本陣に使いを送り、兵糧を送ってもらうことにしよう。」
孫堅軍は軍の進行速度を上げるために最低限の兵糧しか持ってきていなかったのである。
孫堅は一筆したためると、使いの者に文と討ち取った胡軫の首が入った木箱を持たせ、連合軍本陣へと向かわせた。
「さすがは孫堅。見事な働きだな。」
連合軍の本陣にて、送られてきた胡軫の首を見た諸侯は、一同皆孫堅の働きに感服した。
「それと孫堅様はすぐに兵糧を送ってくれとのことです。」
そう言って使いの者は、袁紹に孫堅からの文を手渡した。
内容を確認した袁紹は「あいわかった。すぐに兵糧を手配しよう。」と使いの者に約束した。
孫堅の使いの者が本陣から出立すると、袁紹は兵糧奉行である袁術の元へ向かった。
しかし、その道中で袁紹の前に1人の男が立ちはだかり、彼の歩を止めた。
「袁紹殿。小耳に挟んだのですが・・・孫堅に兵糧を送るというのは真でしょうか?」
「うむ。孫堅に兵糧を送るつもりであるが・・・何か問題でもあるのか?」
「やはり真でしたか・・・袁紹殿。それは考え物ですぞ。」
立ちはだかった男は孫堅のことを深く憎んでおり、この機会を利用して孫堅に復讐しようとしたのだ。
彼は孫堅に復讐すべく、方言丸出しで讒言を始めた。
「孫堅は江東の虎と称される人物。あの男を先手として洛陽に攻め入り、董卓を殺したとしても、それは狼を殺して虎を迎え入れるようなものです。」
「それは孫堅の功を焦っている様子を見れば、彼の邪心が察せられます。」
「ここは兵糧を送らず、彼の軍の士気が下がり、乱れ散るのを待つのが得策です。」
男の話を聞いた袁紹は「確かにお主の言う通りだ。」と、彼の讒言を聞き入れてしまい、孫堅に兵糧を送るのを止めてしまったのであった。
集まった諸侯の皆が全て仲が良いというわけではない。
彼らの胸の内には虎視眈々と機会を窺い、他者を蹴落とそうとする者がいたのも事実。
獅子身中の虫はどこにでもいるモノである。




