七十七.逆らうことは許さない
曹操と陳宮は瞬く間に男女を切り殺した。
その数八名。
驚き、慌てふためく家族や召使などを有無を言わさず斬り伏せた。
「よし!陳宮!このまま屋敷から逃げるぞ!」
「おう!」
2人は外へと繋がる扉を開け、外へと飛び出した。
そして、周囲を見渡した時、陳宮は顔が真っ青になった。
「そ、曹操殿。あ、あれをご覧くだされ。」
「どうした陳宮!・・・これはっ!!」
曹操と陳宮が見た光景。
それは脚を木に吊るされて啼いている猪。それと鶏が数羽、猪の周りを歩き回っていた。
八名の男女がいた部屋。
それは厨房であった。
彼らは曹操たちをもてなすべく、猪と鶏を殺そうとしていたのだ。
「ああ、な、なんということをしてしまったのだ。」
頭を抱え、その場に蹲る陳宮。
曹操はそんな陳宮の首根っこを掴み、彼を無理やり立ち上がらせた。
「陳宮!何をしている!やってしまったものは仕方ない!早くここから逃げるのだ!!」
「し、しかし・・・」
「いいから来い!ぐずぐずするな!私に殺されたいのか!!」
「でも、・・・ではせめてこれだけはさせて下さい。」
陳宮はそう言って合掌した。
陳宮には道徳があった。善を行い悪を行わないことを芯に置いていた。
自分たちをもてなそうとした男女八名は善。そして、誤って彼らを殺した自分は悪。
陳宮は彼らに懺悔した。
しかし、そんな陳宮を曹操は一笑する。
「ハハハ。貴公は変わっておるな。武人として似つかわしくない。戦場では何千、何万という命が一日で散ることもある。悔やんでもしかたなかろうに。」
「・・・わかりました。曹操殿。逃げるとしましょう。」
曹操には曹操の芯があった。
頂点を目指す者として、上に立つ者として、後の覇王としての芯があった。
その芯はぶれず、揺らがすことも、砕くことも出来ない。
だからこそ、曹操は歴史にその名を刻むことが出来たのだ。
価値観の違う2人であったが、今は揉めている場合では無いと2人は馬に乗って屋敷を後にした。
夜の闇を馬に乗って駆ける2人に、彼方より酒瓶を持って近づく者がいた。
「おや?曹操殿に陳宮殿ではないか?どうかなさいましたかな?」
近づいてきた者は隣村まで酒を買いに行っていた呂伯奢であった。
恩ある呂伯奢を目の前にして目を逸らす陳宮。片や全く動じることのない曹操。
曹操は馬を降り、恥ずかしそうに頭を掻きながら呂伯奢に近づき、嘘の事情を説明した。
「いや・・・実はですな・・・呂伯奢殿のお屋敷に向かう途中、とある茶屋に寄りましてな。そこに大事なモノを忘れてしまったので、取りに行こうとしてたのです。」
「あ~なるほど。忘れ物とはそれは」
瞬間、曹操は剣を抜き、呂伯奢の首をはねた。
剣は血で濡れ、服は血で汚れても曹操は動じなかった。
曹操は呂伯奢に一礼をすると、懐から布を取り出して返り血を拭った。
淡々とことを済ました曹操に陳宮が尋ねる。
「そ、曹操殿。呂伯奢殿は良い方でした。殺す必要は」
「あった。殺す必要はあった。殺さねば家族を殺された恨みより、役所に我々を訴えるだろう。そうなっては面倒だ。だから殺した。それだけの話だ。」
「・・・罪なき者を殺す。それは人道に背きますぞ。」
「否!」
そう言って曹操は息を吸い込み、大声でこう述べた。
「私は天下に逆らうが、天下が私に逆らうことは許さない。」




