六十.飛将軍
「ほう。このわしに異を唱えるとは・・・貴様は何者じゃ!!」
「おう!教えてやる!私は荊州の丁原!董卓!貴様の提案は臣下の考えることではない!!」
漢王朝に忠誠を誓っている義理堅い丁原は董卓に異を唱えた。
しかし、彼の後ろに立っている三国志最強の男はそんな丁原を軽蔑していた。
(あーあ。また義父は俺に頼るのか・・・。全くいい加減にしろよ。)
三国志最強の男である呂布は表情には出さなかったがウンザリしていた。
呂布は自分がいなければ董卓相手に異を唱えることの出来ないだろう義父の丁原の器の小ささにウンザリしていた。
(・・・とはいえ、このまま黙って義父を死なせるわけにはいかないな。)と呂布は思い、腰に差した剣に手をやり、臨戦態勢に入った。
呂布が臨戦態勢に入ったことを董卓及び諸公たちは気がつかなかった。
しかし、董卓の腹心である李儒だけは気づいた。
李儒は呂布のことを知っていた。
武勇に優れた前漢時代の将軍である李広になぞらえて飛将軍と呼ばれている呂布奉先の恐ろしさを知っていた。
そのため、李儒は声を出した丁原よりも呂布のことを注視したのだ。
(ヤバイ!今いる兵たちだけでは呂布にはとても敵わん!!)
李儒は口論をしている董卓に近づきそっと耳打ちした。
「董卓様。董卓様。非常にまずいです。」
「なんだ!何がまずいと言うのだ!」
「丁原の後ろにいる男は呂布と申しまして飛将軍と称される天下無双の豪傑。今ここであの男を相手にするのは命を縮めることになります。」
「後ろの男だと?」
董卓は口論している丁原の後ろにいる男に目をやった。
瞬間董卓は息が詰まった。
武を嗜む者ならわかる。
軍を率いる将ならわかる。
呂布の強さが尋常ではないことが直ぐにわかるだろう。
服の上からでもわかる、鍛え上げられたその肉体。
隙を見せぬその構え。
こちらの指先の動きまで見張られているその眼。
そして何よりこの状況下におけるその余裕。
安易に近づけば即首と胴体がおさらばするのは必然であった。
(こりゃあかんわ!)
呂布の恐ろしさを瞬時に察した董卓は左手を動かし、自分の兵が動かぬよう指示を出した。
董卓が左手を動かした瞬間、呂布は剣を握ろうとしたが、その動きが丁原に襲いかかるための動きではないとわかり、すぐに元の体勢へと戻した。
それを見た董卓は肝を冷やし、心を落ち着かせようとした。
(あっぶねぇ~~!これはマジでシャレにならん!!)
数度深呼吸を行い、十分に心を落ち着かせると、丁原及び諸公たちに聞こえるよう宴会の終わりを宣言した。
「もうよい!興がそがれた!これにて宴会は終わりとする!」
董卓がそう言うと丁原及び諸公たちはすぐにその場を後にした。
去るときも呂布には油断が無く、宴会場を出ようとする彼の背中は『死』を連想させるのに十分であった。




