四十七.疲れたら帰ろう
宮殿の大広間にて、何進は宮殿を支える柱に寄りかかり、俯いていた。
冷や汗と震えが止まらず、何進の顔は青ざめていた。
(こ、この惨状はわしのせいなのか?)
美しかった宮殿の壁画は血で真っ赤に染まり、床には無数の死体がごろりと転がっていた。
この惨状を見て何進は吐き気を催した。
怒りに任せて宮殿へ攻め込み、十常侍を駆逐しようとしたのは良かった。
しかし、彼はこの惨劇を想定していなかった。
十常侍だけでなく、無関係の者も巻き添えにして、あたり一面を血の海に変えてしまう自分の行動の浅はかさに辟易した。
そして同時に、自分の命令一つでこの世が修羅地獄になる自分の権力に恐怖した。
顔を青ざめ、体をプルプルと震わせる何進。
元来小心者である何進は将軍になれる器ではなかったのだ。
そんな憔悴しきっている何進のもとに何后が近づく。
「兄さん。顔色が優れぬようですが大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫だ。それよりお前、どうしてここに?」
何進は顔を上げ、虚ろ目で何后を見つめた。
憔悴しきった彼にとって、肉親である何后との会話はこの上ない良薬であった。
何后は優しく微笑み、彼にこの戦いを止めるよう説得を始めた。
「兄さんをなだめるために来たのよ。」
「私をなだめるためだと?」
「そうよ。兄さん・・・他の十常侍たちを見逃して下さらない?」
「なに、奴らを見逃せだと。妹よ、それは出来ん。奴らは私を殺そうとしたのだぞ。生かしておくわけにはいかん。」
「ええ、兄さんの怒りはごもっともだわ。でも十常侍の皆さんが言うには、兄さんを殺そうとしたのは蹇碩だけですって。その蹇碩が死んだのだから、もう十分ではないかしら。」
「し、しかし・・・」
「それに今の私たちの地位だって十常侍が与えてくれたモノよ。彼らに恩を返す意味でもここは大人しく引き上げて下さらないかしら。それに・・・それに、私はもうこれ以上無駄な血が流れるのは嫌だわ・・・。」
そう言って何后は悲しげな表情を浮かべた。
もちろん、そんなものは演技であったのだが、何進は鵜呑みにしてしまい、兵を退却させることを決意した。
「う、うむ。わかった妹よ。私の気も晴れたことだし、軍を引き上げるとしよう。」
自身の精神的疲労も相まってか、何進は急ぎ軍を引き上げるよう指示を出した。




