四百一.部下を心配させない
一方、下邳の城の方はというと・・・
「「かくかく、しかじか、ペペペンペン。」」
許汜と王楷が袁術からの返辞を呂布に伝えていた。
「―――やはり娘を人質として差し出せというわけか。」
彼らの言葉を聞いた後、三百七十話での袁術との交渉を思い出して呂布は呟いた。
『君を信頼できない。』
社会人として辛い言葉であるが、彼にとっては自業自得の言葉である。
「・・・内容は良し。しかし、問題はどのように事を成すかだ。」
複雑な心境ではあるが、それを噯に出すわけにはいかない。
一軍の大将として、部下を心配させるわけにはいかないのだ。
心配は迷いに、迷いは判断を曇らせる。
愛娘を人質として差し出すことに当惑しながらも、彼は今後の方針を進めた。
「我が軍は敵に重囲されておる。どのようにして娘を送るか?」
「・・・恐れながら申し上げますが、ここはやはり、将軍直々に送り立たぬ他ありませぬ。」
「むぅ。・・・娘は俺の命につぐものだ。蝶よ花よと温室で育て、世の寒風に当てたことのない白珠(=愛人や愛児の例え言葉)である。俺自身が淮南の境まで守ろう。」
呂布も遂に覚悟を決めた。
彼は張遼と侯成を呼ぶと、彼らに三千の兵を授け、軍中に車を一台用意させた。
この車は敵の注意を逸らすダミーである。
車には娘を乗せず、呂布は自身の背に娘を乗せた。
娘を安全な地まで運ぶには、自分の背が一番安全だと彼は判断したのだ。
何も知らない十四の花嫁は、寒さを凌ぐための厚い布と身を飾る錦繍にくるまれて、父の冷たい甲冑の背に、確と結ばれたのであった。




