三百八十八.飼い犬に手を噛まれない
(よした方が良いのに、このアホは・・・。)
怒りに任せ、無策のままに小沛へと向かう呂布に対し、陳宮は呆れに呆れ、ため息を吐きながら同行していた。
(すでに小沛は曹操軍の手に落ちているに違いない。このまま戦っても恥の上塗りになるだけ。無駄で無益で無意味な戦をしてしまうことになる。)
(―――諌めるか?・・・いや、今のこのアホは私の言うことなど聞くはずが無い。これはもう神に祈るしかないな。・・・はぁ。)
陳宮は諌言を諦め、神に祈りながら、無言のままに呂布に付き従うことにしたのであった。
で、
「あ゛ーーーーーーーっ!!」という間に呂布軍は小沛へ着いたわけであるが、小沛の城は、案の定というか、やはりというか、
「そりゃ当然しょ!当たり前っしょ!火を見るより明らかっしょ!しょしょしょしょーーーーッ!!」
という感じで、陳宮の読み通りに、曹操軍が占拠していた。
そして、呂布が城にやって来たと聞くと、楼上へと登った陳登が、声高々に笑って言った。
「あれを見ろ!赤い馬に乗った物乞いが、飢えたのか、何か吠えておるぞ!!」
ケラケラとした小馬鹿な笑い声が呂布の耳に届く。
可愛がっていた子犬が自分を慕ってなく、寧ろ嫌悪を抱いて媚びへつらっていた。
『自分の飼い犬に手を噛まれた』
これならば、呂布も少しは納得できたかもしれない。
しかし、可愛がっていた子犬は、自分の犬ではなかった。
劉備に忠義を尽くす、他家の犬であったのだ。
『他家の飼い犬に手を噛まれた』
これは恥ずかしい。
恥ずかしいったら恥ずかしい。
プライドをズタズタにされた呂布は、陳登に対し怒りの咆哮を飛ばした。
「忘恩の賊め!俺の恩を忘れたか!昨日まで、誰からの禄で生きておれたと思っておる!!」
「黙れ狂狼!我ら父子は漢朝の臣!汝のような野良犬の臣などではないわ!裏切り者扱いするでない!この愚か者が!!」
「ぐぬぬっ!? もう許さん!その細首をシャーペンの芯の様にパキッとへし折り、大衆の見せしめにせぬ限り、誓ってここは退かんぞ!―――陳登!城から出てきて俺と闘え!!」
正面のエネミーに気を取られ、喚きに喚く呂布。
そんな彼の軍は隙だらけであった。
彼が喚き散らしている間に、後ろにいる高順の陣めがけて、一彪の軍馬が北方から猛襲して来たのであった。




