三十八.飲まずにはいられない
「・・・劉備とやら。貴公の出身は何処であるか?」
食卓に置かれたご馳走と酒を前にして、督郵は劉備に出身地を尋ねた。
「涿県楼桑村の出身ですが・・・私の出身が何か?」
督郵は劉備の出身地を聞いて、なるほどと頷いた。
「道理でこの様なもてなししか出来んわけだ。あんな田舎ではもてなしの作法などあるはずもないからな。期待したわしが馬鹿だった。・・・興が削がれた。こんなご馳走は豚も食わぬわ。」
督郵はそう言って席を立つと宴会場を後にした。
理由がわからずに呆気にとられる劉備ら3人に督郵の従者が耳打ちした。
「劉備殿。やらかしましたな。私が何とか取り繕っておきますので、ちゃんとしたもてなしを準備しといて下さいまし。」
「・・・従者殿。ちゃんとしたもてなしとは一体何でしょうか?」
「なんと!本当にわからぬのですか!」
従者は驚きの声を上げた。
従者が驚く姿を見て、劉備は薄々と気づいていた『もてなし』の正体がはっきりとわかった。
「・・・なるほど。『もてなし』とはコレのことですかな?」
劉備は右手の手のひらを上に向けて、親指と人差し指で丸を作った。
劉備が指で作った丸を見て従者が満足げに2度頷いた。
「左様。お気づきになられたのなら結構です。・・・では私はこれにて失礼します。」
従者は督郵を追うように宴会場を後にした。
一連の流れを経て、劉備ら3人は手伝い人と共に宴会場の片づけを行った。
片づけの最中は誰一人として言葉を発しなかった。
無言で淡々と・・・まるで魂の抜かれた操り人形のように片づけを行った。
そして、片づけが終わると、劉備の「お疲れ様。」の一言と共に蜘蛛の子を散らすように、各々会場を後にした。
この宴会の日以降、劉備ら3人は悶々とした日を過ごすようになった。
劉備は仕事中にボーっとすることが多くなり、仕事に精が出ていないのが見て取れた。
関羽は誰とも合わずに部屋に引きこり、一日も外に出ない日もあった。
張飛は1人で酒場に行き、ヤケ酒に明け暮れていた。
「酒!飲まずにはいられないッ!ちくしょー!あんな野郎にペコペコ頭を下げるために俺たちは命を懸けたんじゃないやいやい!」
「張飛さん・・・飲み過ぎですよ。少し控えた方が・・・。」
「じゃかあしい!酒だ!酒をもっと持って来い!」
酒場の店主はため息を吐いて店の奥へと酒を取りに行った。
そして、張飛の席に酒を持って行ったが、張飛は机にうつ伏せの状態で寝ていた。
「まったくこの人は・・・。」
宴会での出来事は村中に知れ渡っており、店主は張飛が酒を煽る理由がわかっているので特に文句を言うことなく、張飛に毛布を掛けてやった。
「ちくしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょおおおーーーー!!お、お偉いさんに・・・お偉いさんになれさえすれば・・・!!劉備と関羽の兄貴2人が立ち上がってくれたら・・・俺たちは完全なお偉いさんになれるのに!!・・・ちくしょう!!」
張飛は悔しさのあまり、悔しさを寝言で叫ぶのであった。




