三百七十四.判断を誤まらない
穴の空いた一眼の窪みより、鮮血が頬に滴り落ちる。
勿論、激痛も酷い。
痛みによる痛みが痛みを重ね、夏候惇の肉体を苦しめる。
さらに敵が囲んできたモノだから、さすがの彼も「これで俺も終わりか。」と諦めかけた。
そこへ、彼の弟である夏侯淵が一隊を連れて重囲を斬り崩したので、彼は一命を繋ぐことが出来た。
しかし、
「いや、俺は退かぬ!ここで退けば、呂布を討つ好機を失う!それに、退けば劉備軍が窮地に陥る!援軍としてきた以上、それは許されぬ!!」
と、彼は責務を感じて退こうとしなかった。
ところへ、味方の李典と呂虔がやって来て、夏侯淵と合わせて説得することで、ようやく夏候惇は味方の陣へと下がった。
敵軍の大将である夏候惇が軍を退いたのを見た呂布は、
「今こそ好機!城からノコノコ出てきた劉備軍を蹴散らし、小沛の城を攻め落とすぞ!!」
と、180度グルンと軍を回転させ、奔騰の勢いで、そのまま小沛の城まで詰め寄って来た。
「これはいかん!呂布の軍勢とまともに戦っては歯が立たぬ!すぐに城に戻るのだ!!」
劉備は迫りくる呂布軍を見て、即座に撤退命令を下した。
逃げる劉備に、追う呂布。
荒野を駆ける追いかけっこは呂布の軍勢が制した。
劉備軍は呂布軍に追いつかれ、尻を突かれ始めた。
「うひょひょひょひょ!ほれほれしっかり逃げんしゃい!じゃないと死んじゃうよ~~~!」
「うほっ!いい背中!抱きしめて短剣を突き立てちゃうぞ~~~!!」
「狩りごっこ大好き!待て待て~~!ぶっ殺しちゃうぞ~~~!!」
スパスパと後方を斬られ始めた劉備軍であったが、ここで備えていた関羽と張飛の部隊が呂布軍に突撃した。
関羽と張飛。
「この二将がいれば、小沛の城まで逃げきれる。」というのは甘い考えであり、敵の軍勢の中には、呂布以外にもう一人、怪物が潜んでいた。
その怪物の名は『張遼』。
張遼は関羽の姿を見つけると、即座に彼に一騎討ちを仕掛けた。
「拙者の名は張遼、字は文遠。貴公との一騎討ちを所望する。いざ尋常に勝負なり。」
張遼の名乗りに関羽は、
「名乗りや良し!拙者の名は関羽、字は雲長!その一騎討ち、受けて立とう!」
と、彼も名乗りを上げて張遼と一騎討ちを始めた。
関羽は即時に呂布の勢いを削ぐべく、敵将の一人を討たんと望んで一騎討ちを受けたのだが、この判断が間違えだったことを彼は直ぐに理解した。
何合、何十合打ちあっても決着がつかない。
張遼は関羽の苛烈な攻めを全て捌き斬り、一太刀もその身に触れさせなかった。
そして、関羽もまた、張遼の猛烈な攻めを全て叩き落とし、彼に一片の好機も与えさせなかった。
(判断を誤った!この関羽、この張遼という男にかかりっきりだ!!)
一騎討ちの最中に隊を指揮することは出来ない。
関羽は張遼との一騎討ちにかかりっきりとなり、隊の指揮は張飛に任せっきりになってしまったのであった。




