三百七十.子供を大切にしよう
どこかで可憐な乙女の歌う声がする。
徐州の城より十里先は戦乱の巷というのに、この一郭は静かな秋の陽に満ちていた。
娘は花よキャッピキャピ♪千里も香る~高嶺の花♪
蜜蜂ブンブン♪万里を飛ぶ~♪花を求めて飛んで来る♪
蜜蜂花見て、チュッチュチュチュッ♪
花は蜂見て、アンアン♪イヤーン♪
蜜蜂飛んで花は咲く♪
徐州城内の禁園で、十四ばかりの少女が、芙蓉の花を折りながら歌っている。
呂布はその声に、後閣の窓より顔を出した。
いつもの厳つい眼ではなく、一人の父親としての優しい眼で歌を歌っている乙女を見つめた。
「――――あっ!? お父様!・・・はずかしい♪(*/ω\*)」
父の存在に気付いた娘は、顔を紅らめながら、母たちの住んでいる北苑の深房へと駆けこんでしまった。
「ははははは。無邪気な姫君でいらっしゃいますな。」
「う、む・・・。まだ、十四の娘だからな、可愛らしいよ。」
傍にいた家臣の郝萌の声に、呂布は腕を組んで答えた。
―――少々時は遡り、曹操と劉備の密書を手に入れ、戦が始まったその日、呂布は淮南の袁術の元へ使者を送っていた。
「再度、再び、もう一度!婚約話を復活させよう!!」
使者を送った理由は以上の通り、袁術の息子と自分の娘を結婚させるためである。
曹操と劉備。
二人の英雄を相手にするには、それ相応の戦力が必要だと判断し、呂布は袁家との婚約の儀を蒸し返したのであった。
で、
使者からその伝手を聞いた袁術は、家臣を集めて一議を開き、一つの結論を出した。
『呂布は信用できない。』
安易に婚儀を結ぶのは危険と判断した袁術は、一書を使者に渡して呂布の元に送り返した。
“貴公の言を今一つ信用できない。
そこで、愛娘の身を先に淮南に送りたまえ。
さすれば、充分な好意を持って返答しよう。”
袁術の認めた一書の内容を要約すると、「愛娘を人質として差し出せ。」ということであった。
この返答に呂布は、
「・・・やむを得まい」
と、愛娘を袁術に差し出そうとした。
ところへ、窓際から娘の歌声が聞こえて来たのである。
可憐で、まだ無邪気な娘の姿を見た呂布は、また気が変わって、
「――――いや、やはり人質として娘を差し出すのはダメだ。この呂布、そこまで落ち目にはなっておらん。袁家との婚約話はもっと先でよかろう。」
と言って、使者役を務めた郝萌を下がらせたのであった。




