二百七十九.正直者は好かれる
この日の戦いで最も活躍した武将は黄蓋であった。
彼は敵将の張英を一騎打ちで破ると、張英軍を糸の切れた凧のようにふらふらと牛渚の要塞へと敗走させることに成功した。
そしてその時、思いもよらぬ事態が張英軍の身に襲いかかった。
「!? 何故要塞内より黒煙が上がっておる!!」
張英は驚きの声を上げた。
見るに城門や食料庫のあたりから黒煙がモクモクと天に向けて昇っている。
「何だ!どうした!わけわからんぞ!誰か事情を説明せい!!」
彼がわめき散らすと、どこからか、
「裏切り者だ!裏切り者が火を放ったぞ!!」
と、声が上がった。
そして次々に同内容の言葉が煙と共に吐き出されていく。
こうなってはもうお終いである。
兵たちは混乱を極め、要塞内は火に包まれ、背後より敵が迫りくる。
この事態に慌てた張英は、軍をまとめると山岳の方へと退却させた。
こうして孫策軍は初戦を大勝で終えた。
しかし、誠に奇妙な勝利であった。
(城中より火を放ち、我々を助けたのは一体何者か?)
孫策だけでなく、孫策軍の将兵たち皆が疑問に思った。
孫策軍が要塞内へと侵攻すると、そこには劉繇軍の兵たちはすでにおらず、代わりに奇妙な一団がいた。
一団の数は三百名ほど。
彼らの姿を見るに正規兵とは思えない。
清潔感のない服装をしており、ギラギラと獲物を狙う獣のような鋭い眼をしていた。
「お前たちは一体何者か!!」
孫策が尋ねると、一団の中より一人の男が飛び出て来た。
「あなた様が孫策将軍で?」
礼儀作法のないぶっきらぼうな挨拶。
そんな挨拶だが、孫策は特に文句言うことなく言葉を返した。
「そうだが・・・お前たちは一体何者か?」
「あっしらは、ここいらの湖で稼ぎをしております湖賊の者たちです。」
「ほう。湖賊とな。その湖賊が何故我らを助けたのだ?」
孫策の問いかけに湖賊の頭は長台詞にて答えた。
「先日、かつてこの地で暴れまわっていた孫堅の子息である孫策がこの地にやってくるという話を耳にしました。」
「そしてその話を聞いたあっしらは、『え、えらいこっちゃ・・・これはもうお終いやで。』と、あなた様に討伐されるのを覚悟しました。」
「そんな時、子分の一人が、『もうさ、いっそのこと湖賊辞めね?孫策軍に協力して恩を売り、家来にしてもらって正規軍として真っ当に生きた方が良くない?』と皆に提案しました。」
「それを聞いたあっしは、その意見を採用して、今日この頃に至るというわけでごぜえます。・・・以上です。」
要約すると、孫堅の息子の孫策にびびった湖賊たちは、孫策軍に協力して家来にしてもらおうと、要塞に火を放ったということであった。
話を聞いた孫策は笑って、
「あい、よくわかった。正直者であることは良くわかった。そういう素直な者は俺は好きだ。お前たちを正式に軍に迎え入れよう。これからは真っ当に生きるのだぞ。」
と、彼らを家来にすることに決めたのであった。




