二百五十六.決意のほどを見せること
王の命令を断ることは出来ない。
いつの世であっても、王に逆らうのは不可能(困難)である。
逆らおうものなら罰が下る。
自分一人が罰を背負うなら良いと考える人もいるだろうが、そうはさせないのが権力者である。
劉備の決意は固い。
上記の理由と自身の目的のために、帝の命に従うしかなかった。それが罠だと理解していてもだ。
そんな彼に孫礼が進言する。
「殿の決意は分かりました。しかし、南陽へ出陣なさるならば、『留守となるこの徐州の地を誰が守るか?』。それが重要となりましょう。」
「うむ。それだが・・・関羽と張飛のうち、いずれか一名を残す必要があるだろう。」
劉備の答えに孫礼は安堵した。
彼が狼の恐ろしさをキチンと認識していたからである。
これは他の家臣たちも同じ気持ちだったようで、皆、胸を撫で下ろしていた。
「では拙者が残りましょう。」
関羽が自薦したが、
「いや、関羽には何かにつけて相談したいこともあるゆえ、傍にいてもらいたい。」
と、劉備が待ったをかけた。
となると張飛となるわけだが・・・劉備は不安であった。
(・・・張飛に任せて大丈夫かな?)
張飛は短気であり、攻撃的な男である。
信頼していないわけではないが、そういう男である張飛に城の警護を任せてよいものかと劉備が悩んでいると、張飛が、
「兄貴!何を悩んでいるのです!俺がここに残って城を死守しますよ!どうぞご安心下され!」
と、快然と言った。
不安・・・超不安である。
根拠のない威勢の良さがさらに不安を募らせる。
「いや・・・お前はちょっと・・・酒癖もわるいし・・・駄目だな。」
嫌な予感をビンビンと感じた劉備は張飛に城を守らすべきではないと判断したが、張飛は何故か意固地になって、声を荒げて叫んだ。
「俺が信用できないんですか!今、仰られたように酒のせいですか!酒で自分を見失うと!そう仰るのですか!!」
「いや・・・まぁ・・・そうだな。(自覚はあるんだな。)」
「じゃあ止めますよ!禁酒しますよ!禁酒!禁酒すれば任せて貰えるんですよね!!」
「そうだが・・・口では何とでも・・・」
「見せますとも!その決意を見せますとも!しばしお待ちを!!」
そう言って張飛は自室へと戻り、一つの白玉の杯を手に取ると、劉備の元に戻ってきた。
そして彼は、一同の見ている前で、それを床に投げつけて打ち砕いた。
その杯はどこかの戦場で彼が分捕ったモノである。
張飛はその杯を、「これは天から張飛に賜った、一城より優る恩賞なり!」と言って、我が子のように大切にしていた至極の杯であった。
そんな大事な杯を禁酒の誓いのために打ち砕いたのだ。
その熾烈な心情に打たれた劉備は、ついに彼に城を守る許可を出した。
「その覚悟や良し!徐州の留守はお前に任せるとしよう!しっかりと守護るのだぞ!張飛!!!」
「御ーーーーーー意ッ!!」
情に厚い張飛は劉備の恩を深く感じ、心の底より城を守る事を誓った。
しかし、・・・
「・・・張飛殿の酒癖の悪さは筋金入りですからな・・・どうなる事やら?」
と、麋竺がからかうと、
「あーーーん!!俺を疑うのか!俺が兄貴との約束をいつ破った!!」
と、早くも喧嘩腰になり始めた。
((・・・大丈夫かな?))
一同は不安にかられたが、張飛の先ほどの覚悟と決意は本物であろうと、彼に城を託すことにしたのであった。




