二十四.それは誰にもわからない
「盧植先生が!何故です!」
劉備は思わず声を上げた。
「詳しいことは私も知らぬ。ただ、各地の軍を視察中の左豊卿殿曰く、盧植将軍の采配に不届きな点があったとのこと。そこで、我らが呼び出され、盧植将軍を捕らえたというわけだ。」
「そ・・そんな!嘘だッ!!!」
鳩が豆鉄砲を食らった表情と言うのはまさに今の劉備の表情の事であろう。
劉備は愕然とした表情となった。しかし、すぐに我に返り、盧植将軍との面会を希望した。
「とても信じられません。お願いです。どうか盧植将軍と面会をさせてください。」
「それは出来んな。ただ・・・その・・・そう・・・あれだ。お主が誠意を見せるというなら話は別かな。」
そう言って官軍の兵は右手をクイックイッっと動かした。
その動作を見て劉備は瞬時に察して、懐から巾着袋を取り出した。
「どうかこちらで一ついかかでしょうか。」
劉備はそう言って右手に巾着袋を握りしめ握手を求めた。
あくまでも巾着袋が周囲の人間に見えないようにしてである。
(ここまで落ちたか官軍!)
劉備を筆頭に3人はそう思っていたが口には出さずに言われた通りに賄賂を渡した。
「そうですなー・・・そういえば我らは休息をしようとしていたところでした。よし!では全員休息!」
官軍の兵はわざとらしく、休息の号令を出してその場で軍を停止させた。
劉備はすぐに檻に近づき、盧植と面会をした。
「先生っ!!」
「おおっ!劉備か!無事であったか!」
盧植は劉備に気付いて鉄格子を握りしめ、劉備に返事をした。
「先生!何故このようなことになったのですか!いったい先生の身に何が起きたんですか!」
劉備の問いに盧植は目を瞑り、そして俯いて、ことの経緯を話し始めた。
「それがだな・・・お主たちが潁川に向かってすぐに、都より左豊卿という人物が陣中見回りに来たのだ。その左豊卿に対して私はまじめに近況報告をした。そしたら奴は『そんなことはどうでもよい。それよりもほら・・・あれを出せ!』と言ってきおった。」
「私は左豊卿の言う『あれ』が賄賂の事だとすぐに察したが、私はそれを断った。『あいにく私財は持ち合わせていない。あるのは公金だけだ。』とな。」
「そしたら左豊卿の奴は激怒して、あること無いことを都に報告して私を罪人に仕立て上げたのだ。そしてこの有様と言うわけだ。」
盧植から事情を聞いた劉備は言葉が出なかった。
漢王朝が腐っているのは劉備自身もわかっていた。
ただ、その度合いがわかっていなかった。
腐り始めた段階、今ならまだ元に戻せる。その段階だと思っていた。
しかし、そうではなかった。すでに漢王朝は腐りきっており、蛆が湧いている状態だったのだ。
言葉が出ない劉備に盧植が最後の言葉を交わす。
「劉備よ。黄巾賊の言う通り蒼天は已に死んでいるのかもしれぬ。でも悲観はするな。蒼天が死んでいるのなら、お主たちが新しく蒼天をつくればよい。お主たちはまだ若いのだから。」
「先生。その言葉、この劉備玄徳生涯忘れません。」
「うむ。では最後に私からお前に1つ助言をしよう。『腹黒く生きろ』。乱世にはそれが必要だ。そしてお前にはその才能がある。私はそんなお前を弟子を持てたこと誇りに思う。」
「はい。私も盧植先生を師として仰げたことを光栄に思います。」
劉備はその場で地面に膝をついて盧植に頭を下げた。
「では休息を終えるとしよう・・・全員立て!出発するぞ!」
官軍の隊長はそう号令をかけ、軍を都へと進ませた。
劉備は潁川に行くことで盧植に恩を返すことが出来た。
批判されたが大手柄を立てることが出来た。
しかし、潁川に行ったことで盧植を救う可能性を完全に失った。
(あの時、潁川に行かなければ・・・あの時、妥協しなければ・・・先生を救えたかもしれない。)
劉備は後悔した。
後悔の念を抱くということ。それはすなわち潁川に行ったことは彼にとって悪いことであった。
劉備はただ恩師が連れて行かれる様を見届けることしか出来なかった。
盧植との生涯の別れだとわかっていたが彼には何も出来なかった。
劉備が潁川に行かなければ盧植を救えたのか?
それは誰にもわからない。




