二百十六.希望の光は逃さない
場面は変わり、徐州にて。
徐州の太守『陶謙』は病に倒れていた。
「・・・劉備殿。もうわしは限界でござる。この死にかけの老人の願い、どうか聞き入れてもらえんでしょうか?この通りでござる。」
牀にて横になっていた体を起こし、陶謙は劉備たちに対して深々と頭を下げて懇願した。
頭を下げているのは陶謙だけではない。
陶謙に仕えている重臣の麋竺と陳登を筆頭に、家臣一同全てが劉備に対して頭を下げていた。
しかし、劉備の心は揺るがない。
「・・・陶謙殿。以前にも申しましたが、私は陶謙殿を助けに来た者でございます。太守になりに来た訳では決してございませぬ。ですから・・・」
「どうか・・・どうかこの通りでござる。」
「折角ですが・・・。」
陶謙が押しても劉備が引いてしまい、中々話が進まない。
この微妙な空気に劉備の義弟二人がじれったい気持ちを露わにする。
(兄者!頼む!頼むから受理してくれ!もう拙者は限界でござる!兄者を怒鳴り散らしたくなかばい!!)
(兄貴~!頼むよ、兄貴~!承諾してくれ!頼む!今までの苦労が一気に報われるチャンスなんだぜ!!)
劉備の背後で筋肉モリモリ変態マンの2人が、足の爪先をパタパタと鳴らして催促してくる。
しかし、劉備は揺るがない。
「陶謙殿。話は以上です。ではでは、これにてごきげんよう。」
と病室を後にして、ササッと屋敷を立ち去ってしまったのであった。
それから数日後。
住まわせてもらっている屋敷に早馬が届いた。
「・・・劉備殿。陶謙様がご臨終なさいました。」
「そうですか・・・残念です。・・・では・・・。」
劉備は義弟二人と報を届けに来た麋竺と共に陶謙の屋敷に赴くことにした。
そして、屋敷を出たその時、劉備はびっくら仰天!思わずのけぞってしまう出来事に遭遇した。
「劉備様~!太守になって下せえ!この通りでさぁ!」
「『うん!僕なります!!』と頷けば済む話でしょうよ~!さっさとなって下さいよ~!お願いしますよ~!」
「太守になれや!この野郎!優柔不断にも程があるぞ!ちゃちゃっとサインすればよかでしょうが!私、間違ってます?間違ってないでしょうよ~!おおん!!」
屋敷を出た劉備たちの前には百をも超える民、百姓たちの姿があった。
彼らは太守の陶謙の後を劉備に継いで欲しく集まった人たちであり、膝を地面につけ、亡くなった陶謙同様に頭を下げて懇願して来た。
彼らは皆、不安だったのだ。
太守の陶謙が死に、イナゴの災害に遭い、戦争に巻き込まれる。
日が射さぬ、闇夜も闇夜の状況下で絶望する日々。
そんな折、人徳溢れる劉備が彼らの前に現れた。
闇夜に照らされた一筋の光を逃すまいと、彼らは恥もプライドも捨て、劉備に懇願しに来たのだ。
ここまでされて動かぬ男はいないだろう。
劉備は徐州の太守になることを決意した。
葬儀の後、太守の牌印を受理して、彼は正式に徐州の太守となった。
劉玄徳は、ここで初めて一州の太守の地位を得たのであった。
劉備は、曹操や呂布、その他の英雄たちとは違い、血を一滴も流すことなく、ごく自然に一国の太守の地位を得たのである。
これもまさに、劉備の人徳がなせる業であった。




