表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編・エッセイらしきもの

今だから言えるけど

作者: 本谷文途

寺沢「星が綺麗だな」

「あいつ、お前のこと好きだったらしいよ」

「は……? 寺沢(てらさわ)が? 俺のこと?」


 高校を卒業して約十八年。三年三組の同窓会。

 その二次会である居酒屋で、俺は友人に言われた──。


「ほら、お前いつも寺沢と一緒に居たろ? お前はその気がなくてもさ、寺沢の方は結構ガチみたいだったし──」


 そう言われて高校時代に思いを馳せる。

 寺沢とは三年間一緒だったが、特に怪しいこともされてないのでピンとこない。


「そうだったのか……。でも普通に話したり飯食って、放課後もバカみたいに騒いでただけだったぞ?」


 友人は「バカだなお前は」と枝豆で俺を指したあと、口に放り込みながら言った。


「そういうのは、本人にバレたらいけねーの。バレねーよーに、自分の気持ち押し込めて生活してんの。胸の痛みを代償にして、寺沢はお前の(そば)に居られる方を選んだんだろうよ──」


 そう言って友人は、ジョッキをグイッと煽る。

 俺はそういうものなのかと思いながら、ちらりと奥の座席に座って友人と飲んでいる寺沢を見た。

 結構飲んでいるのか、寺沢は頬を赤く染めていた。友人たちと楽しそうに会話をしていて、無邪気な笑顔を見せている。


「ぁ──」


 ぱちりと、寺沢と目が合った。でも、すぐに視線は近くの友人たちのもとに戻る。


須藤(すどう)、どうした?」

「え? あ、いや……。何でもない──」


 とりあえずビールを飲んで、近くにあった唐揚げを口に入れる。


「んっ、すっぱ! お前レモンかけたろ!」

「ああ? 唐揚げにはレモンかけるべきだろ。かけねー奴が邪道なんだよ」

「はあ?!」


 と言い争いになろうとしたところで、奴は全員に話題を投げた。


「はいはーい! 皆さんに質問でーす! 唐揚げにレモンをかけるのは、普通だよなー? 須藤くんは、かけない派だそうでーす」


 「何それー」「あ、私もかけなーい」「は? かけるわー」と皆が笑ってその話題に答える。

 ふと寺沢に目を向けると、寺沢も楽しげに笑っていた。


         *


「……じゃ、須藤またな」

「おう。またな──」


 それから二時間後。同窓会は幕を閉じた。

 数人の男女は、これからまだカラオケに行くと言っていたが、俺は帰ることにした。電車の問題もある。

 終電に乗れれば問題ないので、俺はゆっくりと駅に向かって歩き出した。


「……そういえば、寺沢と話さなかったなぁ」


 最初の店も、二次会のあの居酒屋も、寺沢とは話さなかった。

 高校の時は、あんなに話してたのに──



 寺沢とは、趣味が合った。

 だから話が合うし、何といっても飽きなかった。何時間でも話していられた。

 お互いの考えが同じだと、二人して笑って「だよなー!」と盛り上がったものだ。

 話しやすくて、一緒に居ると楽しくて、ついつい帰る時間が遅くなって……。俺が男だからというのもあったので、親はあまり心配してなかったが、寺沢はそういうこともなく、よく次の日「怒られた」としょげた顔で言ってきていた。「須藤のせいだぞ」と。それを俺は笑って慰めていた。

 卒業式、寺沢はいつものように笑って「元気でな」と言った。俺も頷いて「ああ」と返した。

 あの時寺沢は、どんな気持ちだったのだろう……。



 気づくと、もう改札が見えてきていた。

 紺のコートのポケットから、いつも通勤で使う定期を出し、改札を通る。

 ホームに向かって歩き、自分が乗る電車がいつ来るのか確認してベンチに座る。まだ余裕があった。

 ホームには、ちらほらとスーツ姿のサラリーマンやOLがいる。皆帰るところだろう。

 ふと視線を感じて斜め後ろを見ると、茶色のコートに身を包んだ寺沢が、歩いてこっちに向かってきていた。


「よ……、須藤」

「あぁ、久しぶり──」


 とりあえず横に座るよう促し、他愛のない話をする。


「寺沢、帰り電車なんだな」

「あぁ、うん。電車だな」

「懐かしいな、こうやって並んで座るのも」

「そうだな──」


 寺沢を見ると、どこか辛そうで、悲しげだった。

 そんな顔を見たからだろうか、友人の言葉が思い出された。


『胸の痛みを代償にして──』


 今も、そうなのだろうか……。

 隣に座る、まだ酔いが抜けていないからか、頬を赤く染めた友人は、まだ俺のことが──。

 少し長く見過ぎたのか、寺沢はこっちに気づいて苦笑いになった。


「何か、付いてるか?」

「いや……、付いてない」

「須藤は付いてる、食べカス」

「え?!」


 思わず顔をぺちぺち触る。

 特にこれといった食べカスはなかった。


「冗談。嘘だよ、嘘──」


 と寺沢は「引っかかってやんの」と無邪気に笑った。

 久しぶりに見た笑顔は、高校の時より大人になっていたけれど、変わっていなかった。


「はは、須藤高校の時と変わんないな」

「それは寺沢だって同じだろ──てか、高校ん時黒だったくせに、今染めてんのかよ」


 高校の時の寺沢の髪は、黒だった。もちろん俺も。染める理由も、昔はなかった。

 でも今はあの時から十八年も経っていて、白髪(しらが)が生えていたりと、染める理由はいくらでもある。

 寺沢の髪は、明るすぎない茶色に染まっていた。月の明かりに反射して、頭に輪っかを作っている。

 俺は何の気なしに、寺沢の髪を触って訊いた。


「これ、白髪染(しらがぞ)めか? 俺も黒でやってんだよ──」


 手を離して寺沢を見ると、寺沢は明らかに酔いではなく、俺の行為で頬を染めていた。


「……寺」

「そうだよ、白髪染(しらがぞ)め。歳はとりたくないな──」


 そう言って、寺沢は苦笑いした。

 俺も短く返事をして、前を見る。

 ホームには、まだ電車は来ない。


「……寺沢さ、高校ん時好きな奴とかいた?」


 自分でも、それを訊くのはいけないとわかっていた。それでも、やっぱり聞いておきたかった。


「……いた。高校三年間、ずっと片想いだったけど」


 その返事とともに、ホームにアナウンスが流れ始める。


「……多分引くと思うから、心して聞けよ?」

「……あぁ──」


 横から聞こえてくる落ち着いた寺沢の言葉に、俺は静かに相槌を打った。

 ちょうどホームに電車が滑り込んできて、それは人を呑み込み、また走り出す。

 ホームにはもう、俺たちしかいない。


「……今だから言えるけど──。俺、須藤が好きだったんだ。びっくりだろ?」

「……ちょっとな」

「ちょっとかよ……!」


 「もっとびっくりしろよな」と寺沢はおちゃらけて言ったが、無理をしているようにも見えた。

 だから俺は、今思ったことを正直に伝えた。


「居酒屋でさ、聞いてたから。他の奴に──でも、改めて本当だったってわかって、ちょっと驚いてる」

「そっ、か……」


 「バレてたのか──」と寺沢は静かに呟いて俯く。

 俺はそのまま続けた。


「ごめんな、寺沢」

「……何で」

「マンガとかアニメなら、俺はお前の気持ちを受け取って、少しずつ惹かれていくのかもしれない。でも俺は……、お前を恋愛対象としては見れない──」

「……わかってるよ、そのくらい」


 と寺沢は笑いを含んだ声で言った。

 なんだかそれが、余計に悲しく聞こえた。


「あと、お前の三年間の想いに気づけなくてごめん、無駄にしてごめん、ずっと辛い想いさせてごめん」

「何で謝んの。それは、俺が勝手に……、っ──」


 ポロリと寺沢の目から、涙が落ちる。

 それは茶色のコートに落ちて、そこだけ茶色から少し濃い茶色に変えた。

 そしてまた、ポロポロと落ちていく。


「っ……、悪い──」


 寺沢はそう言って、とめどなく落ちていく涙を拭って、目を擦った。

 ズビズビと鼻を啜りながら、寺沢は言った。


「……ほんと、お前カッコいいよ……。いつも真っ直ぐぶつかってきてさ。そういうとこが、俺は好きだったんだ……。ありがとな」


 目尻と鼻の頭を赤くして、寺沢は笑う。

 それから吹っ切れたように、俺に言った。


「あぁあ、泣くとかマジないわ……。格好悪過ぎ──ほんとはさ、今日告白して揺らがねえかなぁ……とか思ってた。ま、無理だったけど。でも、嬉しかった。ありがとう」

「どういたしまして」


 とりあえず、頭を下げる。

 すると寺沢は、思い出したように言った。


「あ、でも一つだけ訂正するとしたら、俺の恋は無駄じゃなかったよ。後悔してないし、幸せだった。ちょっと胸が苦しかったけど……」

「そっか……」

「あぁ。でも、やっぱり……今も──」


 と何か言いかけた寺沢に、俺は首を傾げる。


「どうした?」

「ん、……いや、何でもない──」


 と寺沢は首を横に振ってから笑った。

 すると体を俺にもたれかけてきて、寺沢は言う。


「……泣き疲れたから、終電来るまでこのままでよろしく──俺を泣かせた責任な」


 俺が言い返せないようにそう言って、寺沢は小さく息を吐いた。

 俺は仕方なく、はいはいと答えてそのままにしていた。

 春と言えども、まだ夜の風は少し冷たい。

 触れ合っている所が、じんわりと暖かかった──。



 しばらくすると、終電の一つ前の電車が来て、寺沢は「やっぱり、もう行くわ」とベンチから立ち上がった。そして電車に乗り込み、俺に礼を言う。


「ありがとな、肩貸してくれて。暖かかった──じゃ、元気でな」

「おう──」


 寺沢を乗せた電車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。

 ふいに寺沢が手を矢印のようにして上を指差し、口を動かした。


「あ……? 上見ろ、上──?」


 俺は一人になったホームで、空を見上げた。

 そこには、綺麗な満月がずっしりと身構えていた。

 どうして寺沢が「上を見ろ」なんて言ったのかわからないが、久しぶりに見た満月は、今まで見たどの月よりも大きく輝いて見えた──





寺沢「月が綺麗だな──」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 素敵なBL作品を、また有難うございました。 冒頭にちゃんと「卒業以来十八年」って書いてあるのに、勝手に主役の二人を二十代ぐらいかと思って読んでしまっていて、後ほど「白髪が」等の台詞がでてきて…
[良い点] 綺麗な終わり方が素敵でした。 [気になる点] これはこちらの受け取り方が悪いのかもしれませんが、登場人物たちの年齢が把握できませんでした。 卒業何年後の同窓会なのかが良く判らない。 二十代…
[一言] ああ……切ない! 寺沢~!と叫びたくなります、心の中で叫びました(笑) 文途さんのほのぼのしたBLも好きですがたまにはこういう切ないのもいいですね( ´∀`) 寺沢くんは今でも好きなんですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ