今だから言えるけど
寺沢「星が綺麗だな」
「あいつ、お前のこと好きだったらしいよ」
「は……? 寺沢が? 俺のこと?」
高校を卒業して約十八年。三年三組の同窓会。
その二次会である居酒屋で、俺は友人に言われた──。
「ほら、お前いつも寺沢と一緒に居たろ? お前はその気がなくてもさ、寺沢の方は結構ガチみたいだったし──」
そう言われて高校時代に思いを馳せる。
寺沢とは三年間一緒だったが、特に怪しいこともされてないのでピンとこない。
「そうだったのか……。でも普通に話したり飯食って、放課後もバカみたいに騒いでただけだったぞ?」
友人は「バカだなお前は」と枝豆で俺を指したあと、口に放り込みながら言った。
「そういうのは、本人にバレたらいけねーの。バレねーよーに、自分の気持ち押し込めて生活してんの。胸の痛みを代償にして、寺沢はお前の側に居られる方を選んだんだろうよ──」
そう言って友人は、ジョッキをグイッと煽る。
俺はそういうものなのかと思いながら、ちらりと奥の座席に座って友人と飲んでいる寺沢を見た。
結構飲んでいるのか、寺沢は頬を赤く染めていた。友人たちと楽しそうに会話をしていて、無邪気な笑顔を見せている。
「ぁ──」
ぱちりと、寺沢と目が合った。でも、すぐに視線は近くの友人たちのもとに戻る。
「須藤、どうした?」
「え? あ、いや……。何でもない──」
とりあえずビールを飲んで、近くにあった唐揚げを口に入れる。
「んっ、すっぱ! お前レモンかけたろ!」
「ああ? 唐揚げにはレモンかけるべきだろ。かけねー奴が邪道なんだよ」
「はあ?!」
と言い争いになろうとしたところで、奴は全員に話題を投げた。
「はいはーい! 皆さんに質問でーす! 唐揚げにレモンをかけるのは、普通だよなー? 須藤くんは、かけない派だそうでーす」
「何それー」「あ、私もかけなーい」「は? かけるわー」と皆が笑ってその話題に答える。
ふと寺沢に目を向けると、寺沢も楽しげに笑っていた。
*
「……じゃ、須藤またな」
「おう。またな──」
それから二時間後。同窓会は幕を閉じた。
数人の男女は、これからまだカラオケに行くと言っていたが、俺は帰ることにした。電車の問題もある。
終電に乗れれば問題ないので、俺はゆっくりと駅に向かって歩き出した。
「……そういえば、寺沢と話さなかったなぁ」
最初の店も、二次会のあの居酒屋も、寺沢とは話さなかった。
高校の時は、あんなに話してたのに──
寺沢とは、趣味が合った。
だから話が合うし、何といっても飽きなかった。何時間でも話していられた。
お互いの考えが同じだと、二人して笑って「だよなー!」と盛り上がったものだ。
話しやすくて、一緒に居ると楽しくて、ついつい帰る時間が遅くなって……。俺が男だからというのもあったので、親はあまり心配してなかったが、寺沢はそういうこともなく、よく次の日「怒られた」としょげた顔で言ってきていた。「須藤のせいだぞ」と。それを俺は笑って慰めていた。
卒業式、寺沢はいつものように笑って「元気でな」と言った。俺も頷いて「ああ」と返した。
あの時寺沢は、どんな気持ちだったのだろう……。
気づくと、もう改札が見えてきていた。
紺のコートのポケットから、いつも通勤で使う定期を出し、改札を通る。
ホームに向かって歩き、自分が乗る電車がいつ来るのか確認してベンチに座る。まだ余裕があった。
ホームには、ちらほらとスーツ姿のサラリーマンやOLがいる。皆帰るところだろう。
ふと視線を感じて斜め後ろを見ると、茶色のコートに身を包んだ寺沢が、歩いてこっちに向かってきていた。
「よ……、須藤」
「あぁ、久しぶり──」
とりあえず横に座るよう促し、他愛のない話をする。
「寺沢、帰り電車なんだな」
「あぁ、うん。電車だな」
「懐かしいな、こうやって並んで座るのも」
「そうだな──」
寺沢を見ると、どこか辛そうで、悲しげだった。
そんな顔を見たからだろうか、友人の言葉が思い出された。
『胸の痛みを代償にして──』
今も、そうなのだろうか……。
隣に座る、まだ酔いが抜けていないからか、頬を赤く染めた友人は、まだ俺のことが──。
少し長く見過ぎたのか、寺沢はこっちに気づいて苦笑いになった。
「何か、付いてるか?」
「いや……、付いてない」
「須藤は付いてる、食べカス」
「え?!」
思わず顔をぺちぺち触る。
特にこれといった食べカスはなかった。
「冗談。嘘だよ、嘘──」
と寺沢は「引っかかってやんの」と無邪気に笑った。
久しぶりに見た笑顔は、高校の時より大人になっていたけれど、変わっていなかった。
「はは、須藤高校の時と変わんないな」
「それは寺沢だって同じだろ──てか、高校ん時黒だったくせに、今染めてんのかよ」
高校の時の寺沢の髪は、黒だった。もちろん俺も。染める理由も、昔はなかった。
でも今はあの時から十八年も経っていて、白髪が生えていたりと、染める理由はいくらでもある。
寺沢の髪は、明るすぎない茶色に染まっていた。月の明かりに反射して、頭に輪っかを作っている。
俺は何の気なしに、寺沢の髪を触って訊いた。
「これ、白髪染めか? 俺も黒でやってんだよ──」
手を離して寺沢を見ると、寺沢は明らかに酔いではなく、俺の行為で頬を染めていた。
「……寺」
「そうだよ、白髪染め。歳はとりたくないな──」
そう言って、寺沢は苦笑いした。
俺も短く返事をして、前を見る。
ホームには、まだ電車は来ない。
「……寺沢さ、高校ん時好きな奴とかいた?」
自分でも、それを訊くのはいけないとわかっていた。それでも、やっぱり聞いておきたかった。
「……いた。高校三年間、ずっと片想いだったけど」
その返事とともに、ホームにアナウンスが流れ始める。
「……多分引くと思うから、心して聞けよ?」
「……あぁ──」
横から聞こえてくる落ち着いた寺沢の言葉に、俺は静かに相槌を打った。
ちょうどホームに電車が滑り込んできて、それは人を呑み込み、また走り出す。
ホームにはもう、俺たちしかいない。
「……今だから言えるけど──。俺、須藤が好きだったんだ。びっくりだろ?」
「……ちょっとな」
「ちょっとかよ……!」
「もっとびっくりしろよな」と寺沢はおちゃらけて言ったが、無理をしているようにも見えた。
だから俺は、今思ったことを正直に伝えた。
「居酒屋でさ、聞いてたから。他の奴に──でも、改めて本当だったってわかって、ちょっと驚いてる」
「そっ、か……」
「バレてたのか──」と寺沢は静かに呟いて俯く。
俺はそのまま続けた。
「ごめんな、寺沢」
「……何で」
「マンガとかアニメなら、俺はお前の気持ちを受け取って、少しずつ惹かれていくのかもしれない。でも俺は……、お前を恋愛対象としては見れない──」
「……わかってるよ、そのくらい」
と寺沢は笑いを含んだ声で言った。
なんだかそれが、余計に悲しく聞こえた。
「あと、お前の三年間の想いに気づけなくてごめん、無駄にしてごめん、ずっと辛い想いさせてごめん」
「何で謝んの。それは、俺が勝手に……、っ──」
ポロリと寺沢の目から、涙が落ちる。
それは茶色のコートに落ちて、そこだけ茶色から少し濃い茶色に変えた。
そしてまた、ポロポロと落ちていく。
「っ……、悪い──」
寺沢はそう言って、とめどなく落ちていく涙を拭って、目を擦った。
ズビズビと鼻を啜りながら、寺沢は言った。
「……ほんと、お前カッコいいよ……。いつも真っ直ぐぶつかってきてさ。そういうとこが、俺は好きだったんだ……。ありがとな」
目尻と鼻の頭を赤くして、寺沢は笑う。
それから吹っ切れたように、俺に言った。
「あぁあ、泣くとかマジないわ……。格好悪過ぎ──ほんとはさ、今日告白して揺らがねえかなぁ……とか思ってた。ま、無理だったけど。でも、嬉しかった。ありがとう」
「どういたしまして」
とりあえず、頭を下げる。
すると寺沢は、思い出したように言った。
「あ、でも一つだけ訂正するとしたら、俺の恋は無駄じゃなかったよ。後悔してないし、幸せだった。ちょっと胸が苦しかったけど……」
「そっか……」
「あぁ。でも、やっぱり……今も──」
と何か言いかけた寺沢に、俺は首を傾げる。
「どうした?」
「ん、……いや、何でもない──」
と寺沢は首を横に振ってから笑った。
すると体を俺にもたれかけてきて、寺沢は言う。
「……泣き疲れたから、終電来るまでこのままでよろしく──俺を泣かせた責任な」
俺が言い返せないようにそう言って、寺沢は小さく息を吐いた。
俺は仕方なく、はいはいと答えてそのままにしていた。
春と言えども、まだ夜の風は少し冷たい。
触れ合っている所が、じんわりと暖かかった──。
しばらくすると、終電の一つ前の電車が来て、寺沢は「やっぱり、もう行くわ」とベンチから立ち上がった。そして電車に乗り込み、俺に礼を言う。
「ありがとな、肩貸してくれて。暖かかった──じゃ、元気でな」
「おう──」
寺沢を乗せた電車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
ふいに寺沢が手を矢印のようにして上を指差し、口を動かした。
「あ……? 上見ろ、上──?」
俺は一人になったホームで、空を見上げた。
そこには、綺麗な満月がずっしりと身構えていた。
どうして寺沢が「上を見ろ」なんて言ったのかわからないが、久しぶりに見た満月は、今まで見たどの月よりも大きく輝いて見えた──
寺沢「月が綺麗だな──」