7.ハッピーバースデー
(山田モモは、今、どこにいるのだろう?)
携帯を取り出し、高校時代の女友達の名前を次々と表示させながら、三年の時、山田と同じクラスだった子に電話をかけてみた。
そしてのけ反るほどに驚いた。
母親が再婚したために、山田の姓は山口に変わっていた。
その上、今は広島の県立大学に通っているという。
正隆の誕生日は明後日だ。これではどうにもならないと思いつつ、書きかけの手紙を取り出した俺は、最後の行にこう記した。
「もしも、そうでないのなら、今度はあなたが、僕に会いに来て欲しい」
その足で近所のコンビニに向かい、さっき電話で聞きだした住所に三冊の手帳と一緒に宅急便で送る手配をした。
(ああ、飯を食ったのは失敗だった)
そのまままっすぐ外に出ていれば、今日の便にのせられたかも知れない。
仕方ないなと呟いて、ふと見上げれば一面の星が瞬いていた。
この空は広島に続いている。
正隆の字に限りなく似せて書いたラブレターは、山田モモの心に届くだろうか。
手紙を書いたのは本人ではないが、山田モモのことに関する限り、俺には正隆の気持ちが手に取るようにわかるのだ。
あれは愛だ。
限りなくしつこく純粋な愛だ。
あいつの愛を受け取る資格を持つのは、山田、いや、山口モモただ一人だ。
翌々日の夜、携帯のアドレスに飛び込んできたメッセージを見て、俺は胸が熱くなった。
宅急便の伝票に記した電話番号はでたらめだったが、手紙に記したアドレスは俺の携帯のものだ。
<広島発19時57分。東京着23時45分>
たったそれだけの短いメッセージ。
震える指先を叱咤して、俺は返信メールを送信した。
第三者に過ぎない俺がごちゃごちゃしたメッセージを送るのは無粋だから、「ホームで待っている」とだけ入力して送ると、「はい」というこれまた短い言葉が返ってきた。
それからの俺は大変だった。
正隆のマンションに行ってみるともぬけの殻だった。
「若者のくせに誕生日の夜に家にいないでどうするつもりだ!」
誕生日の夜をたった一人のマンションですごす方が、よっぽど若者らしくないと思うが、動転している俺は、冷静な判断力を失っていた。
(とにかく正隆を捕まえなければ。捕まえて、首に縄をつけてでも東京駅の18番ホームに連れていかなくては……)
正隆の携帯に何度も電話をしてみたが、「電源を切っているか、電波の届かない所に……」という不毛なメッセージが流れるばかり。
正隆が現れそうな場所に片っ端から電話をかけて、電話がなさそうな場所は自ら足を運び、へとへとになりながら時計を流し見た俺は凍り付いてしまった。
「伊集院正隆、ばかやろう! 出て来い!」
正隆のマンションのまん前で大声を張り上げた時、硬いもので後頭部を殴られた。
涙目で振り返った俺は狂喜した。
目の前には買物袋を手にした正隆が不機嫌な面持ちで立っていた。
「さあ、行くぞ!」
「は?」とらしくない間抜けな声をあげた相手を完全に無視して、素通りしかけたタクシーを呼び戻した。
「東京駅へ! 急いで下さい!」
「何で東京駅なんだ? こんな時間に駅なんかに何の用が……」
どこまでも平然としている相手がもどかしくて、俺は正隆の胸ぐらを掴んでいた。
「プレゼントだよ! 俺はもう何年も前から、お前にプレゼントを贈りたかったんだ!」
「それは、嬉しいけど……お前、泣いているのか?」
(誰のために泣いていると思うんだ?)
困惑気味に声をかけられて、涙目で正隆を睨みつけた。
そうこうしている間にも、タクシーは風のように東京駅へと向かっていく。
「コンビニで買ったウーロンのペットボトル、袋ごとタクシーに置いてきた」
「そんなもの、俺が後で買ってやる!」
下らないやりとりをしながら、正隆を引きずるようにして階段を駆け上がり、もどかしい思いで入場切符を買った俺は、一枚だけのそれを正隆に押し付けた。
「ほらっ、プレゼント!」
「これが?」
真顔で首を傾げられて、俺はホームを指差した。
「そんなものがプレゼントのはずないだろ? お前が一番欲しいものはホームの上だ。広島発19時57分。東京着23時45分。山田モモ、もとい、山口モモが、お前に会いに来るんだよ!」
「…………」
一瞬だけ言葉を失った正隆は、バネのように駆け出した。
新幹線の到着を伝えるアナウンス。
今日最後の雑踏の中、人をかきわけ進んでいく正隆の背中を見送ってから、俺はその場にひざまずいた。
階段を下りてくる人ごみが途絶えても二人は降りて来なかった。
(ひょっとして、新幹線に乗り遅れたのか?)
急に不安になった俺は、仕方なく自分の分の入場券を購入し、怪訝な様子の駅員に一礼してホームに出た。
伊集院正隆と山田、いや、山口モモはそこにいた。
時が止まってしまったかのように、しっかりと抱きしめあったまま、彫像のように動かない。
(ハッピーバースデー、正隆。プレゼントを大事にしろよ)
心の中で祝福の言葉を述べ、声をかけようかどうか迷っている若い駅員の腕をつかんだ俺は、一足一足を踏みしめるようにして、ゆっくりとその場を後にした。
―了―