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6.忘れられない

高校時代に正隆が愛用していたスケジュール帳が、きっちり三冊、机の引き出しの一番上に納まっていた。

何気なく手に取って、無造作にページをめくった俺は、ぎょっとした。

カレンダー状のワクの中に、その日の予定を書き込んであるのは普通だが、それと一緒に奇妙なマークが付されている。


相撲の星取表のようでもあるし、天気記号に似ていなくもない。

一年と二年の途中までは多彩なマークがひしめいている。でも、三年にいたっては、●と△のオンパレードだ。

不可解な思いを抱きつつも、ゆっくりとページをめくっていく。

体育祭、修学旅行、文化祭……一枚めくるごとに、こみあげる懐かしさで胸が一杯になり、気がつけば、時が経つのを忘れていた。

手帳の書き込みは卒業式の日で終わっていた。

その日の情景を思い出し、そこに付された◎を見た時、そのマークの持つ意味が、まるで天啓でも得たように理解できた。

会えなかった日は●、目が合った日は○、そして、言葉を交わした日は……。


「不器用な奴。これじゃあ、ストーカーだ」

ぼそりと呟き、手帳の端々に記された文字を穴の開くほど見つめた俺は、さらに机の中を引っ掻き回して、一枚の封筒と二枚の便箋を取り出した。


 一目ぼれなんて、ばかげている。

 ずっと、そう思っていた。

 でも、入学式の朝、桜の木の下に佇む姿に

 見とれていたことは、まぎれもない事実だ。

 講堂に入ってからも、僕はあなたを探していた。

 だから大勢の目の前で失態を演じたことを恥じる気持ちより、

 あなたとの接点ができたことを喜ぶ気持ちの方が大きかった。


 あなたは僕から逃げ回っていたけど、

 僕はかなり姑息な手段を使って、

 あなたに近づこうとする男たちをブロックし続けた。


 誰にも触れさせない。

 あなたを守ることができるのは僕だけだ。

 けれども僕の思いは空回りを続け、

 守るどころか、

 傷つけることしかできなかった。

 

 どんな逆境にもあなたは負けない。

 あなたは僕を必要としない。


 だから僕は諦めた。

 少なくとも諦めたつもりだった。


 大学に進学して、何人かと付き合って、

 それでもあなたのことばかり考えている自分に、

 正直、嫌気がさしている。


 高校生活を振り返った時、

 思い浮かぶのはあなたのことばかりだ。


 同封したものは、ただ、追いかけることしか

 できなかった、みっともなくも懐かしい日々の軌跡。

 僕のことなど、さっさと忘れてしまいたければ、

 煮るなと、焼くなと、ご自由に。

 でも、もしも、そうでないのなら……。


一気呵成にそこまで書き上げた所で、玄関で物音がした。

書きかけの手紙と、三冊の手帳をすばやく鞄に突っ込んだ俺は、あわただしく周囲を片づけ始めた。


「智明、来てたのか?」

俺はそうだと言う代わりに、ひらひらと手を振った。

シンプルなデザインのジャケットには超有名ブランドのタグがついているに違いない。

高級品を当然のように着こなす男は、靴を脱ぐしぐささえ、きまっている。


「もうすぐ誕生日だろ? お前が一番欲しいものをプレゼントしようと思ってさ」

情報収集に来たと告げると、正隆はふっと微笑んだ。

「欲しいものなんかないな」 

「本当に?」

当たり前だと言わんばかりに、自信家の男は頷いた。


「欲しければ、自分で手に入れればいい」

「へえ、じゃあ、もしも俺がお前の一番欲しいものをプレゼントしたら、どうする?」

「どうするもこうするも、そんなものないけど……」

そうだな……と呟いて、正隆は視線を宙にさまよわせた。

「その時は、今度は俺がお前の一番欲しいものを贈り返してやるよ」


「OK、忘れるな」

はやる気持ちで立ち上がると、夕飯を食っていけと引き止められた。

あの三年間はやっぱり存在していたのだと、くすぐったい思いで頷いた。

母親の意向とは関係なく、俺と正隆はいつの間にか、本当の友人になっていた。


高級食材をふんだんに使う分、正隆の作る料理はシンプルだ。

チリメンジャコとカラスミのスパゲティに、キャビアを散りばめたサーモンサラダ。

帝国ホテルのポタージュスープに、バゲットと高級ワイン。


(こんなものを日々食っている大学生がどこにいる?)

しかも俺たち未成年だぞ!

そんな突っ込みを心の中で入れながら、それでも優雅な食事を楽しんだ俺は、初志貫徹とばかりに夜闇の中に飛び出した。

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