5.進路
東大文学部か、東京芸大の美術学部か、さんざん迷った挙句、消しゴムの両面に二つの進路を書いて空にほうった俺は、消しゴミの神のお導きに従って東大文学部への進学を決意した。
「お父様の二の舞になるつもり?」
「じゃあ、芸大にしようか?」
「それじゃあ、おじいさまの二の舞だわ!」
母は泣きまねまでして俺を止めようとしたが、暇つぶしに書いた小説がライトノベルのコンテストで賞を取り、百万円が転がり込んだこともあり、ベストセラー作家をなることを条件に、文学部進学を許された。
東大の経済学部に進むと思われていた正隆は、土壇場になって法学部に進路を変えていた。
「このままでは国が滅びる」の一言に、厳格な伊集院家の当主が手を打って喜んだという。
今では「直系の孫が総理大臣になるのも悪くない」などと言っているそうだが、それを聞いて、冗談だと笑い飛ばすことができない所が恐ろしい。
正隆がその気になれば、総理大臣だろうが、アメリカ大統領だろが、なれないことはない気がするのだ。
受験勉強から解放された俺は、お気楽な大学生活を送っている。
対する正隆は、群がる女たちには見向きもせず、ひたすら勉学に励んでいる。
(昔はもっと可愛げがあったのに)
ほんの数ヶ月前の高校時代を懐かしく思い出しながら、俺は正隆のマンションで、ぼんやりと主が帰るのを待っていた。
大学入学と同時に正隆は家を出た。
「若い頃の苦労は買ってでもさせろ」という祖父の言葉に従ったというが、ハウスキーピング付きの最新マンションで、どんな苦労が買えるのか?
かくいう俺は相変わらず窮屈な実家住まい。
「正隆の家に行く」と言えば、家の者は何も言わないから、彼女の部屋に泊まった時のアリバイ作りなどにも協力してもらっているが、こんな風にふらりと立ち寄ることも少なくない。
子供の頃は正隆のことが嫌いだった。
弱点のない、嫌味な奴だと思っていた。
だが、高校時代の三年間が、俺の正隆に対する評価を一変させていた。
俺はあの頃の、情けなくもみっともない正隆に、密かな親愛の情を抱いている。
あの頃の正隆にもう一度会いたくて、強引に女の子を紹介したほどだ。
「俺の後輩なんだけど、滅茶苦茶可愛いだろ? 本当にお前のことが好きなんだ。頼む!社会勉強だと思って、付き合ってやってくれ!」
そんな風に頭を下げながら、嫌がる正隆を強引にデートに送り出す。
だけど、なぜか、うまくいかない。
積極的な子は、初回のデートで正隆を押し倒したりもするけど、それでもやっぱり正隆にあっさりと振られてしまう。
(あれだけのルックスなんだから、その気になれば女なんて入れ食いなのに)
「妙な奴だ」と呟いて、小難しい本がずらりと並んだ書棚に目をやった。
その日の俺は少しだけどうかしていたと思う。
いかがわしい雑誌か、アダルトDVDの類を見つけ出して、何となく正隆も普通の人間だということを確認したかったにすぎないが、家捜しの結果、出てきたものは、予想だにしないものだった。