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2.王子様の恋

入学式の開始を伝えるアナウンスが聞こえても、正隆はその場から動かなかった。

じっと見つめるその先には、一人の女の子が所在なげに立っている。


その瞬間、俺は心の中で、ビデオカメラを回し始めた。

校庭を彩る桜の木々がいきおいよく花を散らす中、セーラー服姿の女の子は、少し泣きそうな顔をして、じっと正門を見つめている。

おかっぱを少し長くしたような黒髪に、桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちる。

色が抜けるように白く、華奢な手足はすらりと長く、木漏れ日のスポットライトを浴びて佇む姿は、日本人形のように可憐だった。


<入学式を始めますので、関係者は講堂の中にお入り下さい>

ダメ押しのように一際大きく響いたアナウンスにはっとして我に返った時、不安げだった少女の顔が花開くような笑顔になった。

正門の方から黒いスーツの胸にコサージュを付けた女性が駆けてくる。

二人が仲良く、講堂へ向かうのを見届けて、俺はほっと吐息をついた。


「正隆、俺たちも……」

講堂へ行こうと言うより早く、正隆が身を翻して駆け出した。

後で聞いた所によれば、女の子を追いかけて講堂に駆け込んだ正隆は、すぐに彼女を見失い、大勢の生徒に押されるようにして前に進むうち、俺が講堂に入った直後に目の当たりにしたあの光景を現出させ、一目ぼれの彼女とのドラマチック(?)な再会を果たしたわけだ。


あの正隆が、上履きのかかとを踏んづけられて転ぶなんて!

しかもその相手は……。


腰が抜けたように膝を付いている少女を見て、さすがの俺も唖然となった。

しかも彼女の手の中には、さっきまで正隆がかけていた眼鏡がおさまっている。


「お前……」

何か言いかけた相手を無視して、少女は眼鏡を差し出した。

片方のレンズは完全に抜け落ち、もう片方のレンズにヒビが入ってしまったその眼鏡を、正隆が困惑顔で受け取ると、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を繰り返し、入学式の開始を告げる教師の声に救われたように、回れ右して駆け去ってしまった。


後に残された正隆は、茫然と少女の後姿を見つめている。

一目ぼれした女の子の前で、みっともなく転んでしまった奴のダメージは計り知れない。

おもしろすぎる展開に、俺は思わず噴き出してしまった。


新入生代表として壇上に立った時、正隆は壊れた眼鏡をかけていた。

答辞のスピーチは完璧に暗記しているが、眼鏡をかけていなければ、わずか数段の階段につまずいて、さらなる失態を演じてしまう危険があるからだ。


「山田モモです。よろしくお願いします」

聞き覚えのある声を耳にして、俺はぎょっと振り返った。

正隆に向かって「ごめんなさい」を連発していた日本的美少女が、俺の真後ろに立って頭を下げている。

思いも寄らぬ展開に、俺は心の中でほくそ笑んだ。

正隆のこれからの出方次第では、おもしろいゲームが楽しめそうだ。


「モモちゃんって言うの? 可愛い名前だね」

たらしの本領を発揮して、甘ったるく微笑みかけると、山田モモはこぼれそうに大きな目を見開いた。


(化粧っけゼロだから、この長いまつげは本物なんだろうな)

そんな下らないことを考えながら、俺は笑みを深くして、自分の名を口にした。

「トモって呼んでね」

最後にそう添えると、こくりと素直に頷いた。


こういうアプローチには慣れていないのか、白い頬がほんのりとピンク色に染まっている。

純情可憐という言葉がぴったりな女の子。

今まで付き合った子たちとはだいぶ違うけど、こんなタイプも悪くない。


(この子をゲットして正隆の鼻をあかすか、それとも仲を取り持ってやって恩を着せるか)

究極の選択に頭を痛めているうちに、初日のオリエンテーションは終了し、気がつくと、俺は女の子たちに取り囲まれていた。


「私もトモって呼んでいい?」

「ねえ、どこの中学校から来たの?」

質問攻めにあっているうちに、山田の姿は教室から消えていた。

がっかりして肩を落とした時、廊下が急に騒がしくなった。


クラス分けのプリントを握り締めたまま、廊下に立ち尽くしていたのは、正隆だった。

何をしているのかと訊ねると、すぐに答えが返ってきた。

「話をしたかっただけなのに……」

「誰と?」

「山田……モモ……」

苦悩に満ちた声をききながら、笑いの発作に襲われて、俺は両手で口をおさえた。


ここは十組で正隆は一組だ。

正隆が、あの正隆が、フロアどころか校舎が違うこの場所に、山田モモと話をするためだけに現れたというのか。

(し、しかも、逃げられるとは!)

我慢の限界がきて、ゲラゲラ笑い出した俺の腕をつかんだ正隆は、必要以上に凛然とした面持ちで廊下をすたすたと歩き出した。


「あ、見て!」

「答辞の彼よ。えっと、名前は……」

「伊集院よ。伊集院正隆君!」


俺なら手を振る所だが、女たちの黄色い声を完全にスルーした正隆は、中庭まで来た所でようやく手を離した。


「美少年が二人きりで、こんな所にいるのはまずいんじゃない?」

おどけて見せると、壊れた眼鏡の奥の冷たい目で睨まれた。

そうやって俺を黙らせておいてから、傍らのベンチに腰かけ、俺にも座れと合図した。


「話をしようと思ったら、少しだけ時間をくれと言われたんだ」

どういう意味だろうと首を傾げられ、俺も一緒に首をかしげた。

「意味はわかんないけど、時間をくれって言うのなら、そうしてやれば?」

「できない」

「どうして?」

「……わからない」


足を組みなおした俺は、つくづくと相手の顔を覗きこんだ。

「それは恋だな。ひと目ぼれってやつだ」

「まさか!」と叫んだ相手に、「とにかく気が済むまで追いかけてみれば?」と軽い調子で告げてから、俺はベンチから立ち上がり、踊るような足取りでその場を後にした。

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