1.完全無欠の王子様
俺の名前は三条智明。
いちおうは公家の末裔だが、芸術家気質の祖父が売れない画家になり、その血を引いた父が売れない小説家になったために、身代を持ち崩しつつ、辛うじて体裁を保っているというありさまだ。
遠い親戚にあたる伊集院家はその逆で、六十代半ばの現当主は、日本を代表するISグループのCEO。彼がくしゃみをすれば日本経済が風邪をひくとされている経済界の大物だ。
そしてその息子はISグループの基幹企業である商事会社の社長。さらにはその息子、俺と同い年の正隆は、彼を遠巻きに見ている女たちに言わせると、完全無欠の王子様なのだそうだ。
「うちは、あなただけが頼りなんだから……」
正隆と仲良くしろと母は言う。おっとりとした父と違って野心的な彼女は、俺が正隆に取り入って、三条家の安泰をはかることを心から望んでいるようだ。
名家の子弟が通う名門私立高校に入学させる方針をあっさりと転換させたのも、正隆が公立高校に進学するという情報をいちはやく入手したからだ。
「人の上に立つ者は、すべからく庶民の暮らし向きを知っておくべし」
金持ちとのコネクションを重視するうちと違い、三条家の家訓には王者の風格がある。
俺は自分が他人に劣るとは少しも思わないが、子供の頃から帝王学を学んできた正隆は、確かに別次元の人間だ。
幼い頃から剣道をやっていたせいか、すばらしく姿勢が良い。
身長はほとんど同じはずなのに、向かい合って立っていると、何となく見下ろされている気がするのはそのせいだ。
輝かしいバックグラウンドと、「東大予備校」と皮肉を込めて呼ばれるエリート校にトップで合格する優秀な頭脳。
涼しい切れ長の目を眼鏡で隠し、クセのない黒髪を風になびかせて颯爽と歩く様は、人目を引きまくっている。
(嫌味な奴だ)
心の中で呟きながら、幼い頃から正隆のそばにいた。
たった一人の息子にかける母親の期待を裏切れない俺は、我ながらかなりの孝行息子だ。
そして運命の入学式の日。完全無欠の王子様は、生まれて初めての恋をした。
相手は貧乏なマッチ売りの少女、もとい、家計を助けるために懸命にバイトに励む健気な女の子。
名前を山田モモという。