水の機械
もう死んでしまった友人がいる。
「なにもかも全部入ってしまうような大鍋を、ひたすらレバガチャを繰り返して揺すり、中身をかき回し続ける」
という謎のゲームを、小さな窓のない部屋の中央で何百時間もやりつづけて亡くなったという。
一言も口をきかず、食事はじめ一切の生活もなく、彼はかき回していた。
私はそれを見て、なにか探しているような気がした。私が探していないのがおかしいような気がしていた。
彼が昔教えてくれたインターネット動画に、時間を加速して、自動販売機の定点観測をしている動画がある。
人影が滝のように飛来して、機械と一瞬のやりとりをして、飛び去っていく。
一秒の何十分の一まで圧縮された、
短い叫び声が絶えず漏れ聴こえていた。
販売機はうず高く雪を冠って、佇んでいる。
冬のことであるらしくて、おでんがとてもよく売れる。
パッケージには、九つのおでん鍋を九匹のブタが運んでいるというイラストが描かれている。
ブタたちはイラストを抜けだして蹄を振りかざし、販売機を打ち壊した。
そんな白昼夢を見て目を覚ますと、私は2001年の夏の昼にインターネットをしている。
薬指で頬を撫でると、キーの印字が肌に染み付いているのがわかった。
家の軒先に銀の鎖で吊り下げられたガラス色の大鍋が、縁側へ光を透かしている。
昨日、それで飼っている金魚が死んだのだった。
最後の一尾だった。
PCの電源を落として、部屋から出るための鍵穴に鍵を差し込むと、
感触があった。
蜘蛛が住んでいたらしい。
鍵を引きぬいてみると明るい朱色の液が微量に付着している。黒糸のような脚も。
穴の中は蜘蛛の残りで粘つき、扉は開かなかった。壊れてしまった。
次の朝には霧が出て穴を濡らした。鍵穴の中に積もった屍体から、
湿気を吸い込んだ白い菌糸がつるつると伸びて、やがて扉を覆った。
夕方になると水が出て部屋を沈めた。
扉にまつわった菌糸と、溺れ死んだ私を、死んだはずの金魚がついばんで、動かなくなる。
白い菌糸が、大洪水のすべてをふわふわに包んでいく。
しばらくするうちに、それは深い緑色の藻と絡まり合って、うずもれてしまう。
鍵穴の扉の先ではたくさんの人影がゆらめいて、扉の前に佇み、何かを待っているようだった。
だが、扉は開かれなかったので、とうとう行けなかった。
行く必要などなかったのだ。
私はすっかり溶けてしまい、うつされた文字盤は渦をまいて流れ、列になってとぐろになっている。
ところで、鍵穴は銀色をしていた。特に意味はない。
なし。