健康な彼女と恋人な俺
よかったら、感想聞かせてください。
俺の名前は千春 正人。男子バスケ部に所属し、一応ルックスがそれなりによく身長がある以外は普通の男子だ。
小さい頃から、淡々とした生活を送っており、それなりにモテてたし、バスケでも活躍していた。しかしながら、基本的に喜怒哀楽が出ないこの顔は、怖いと思われやすく、余り友達もいなかった。
中学になっても、きっとそうなのだろうと思っていたが……
「こんにちわ!始めましてだね!千春くん!私の名前は千春っていうんだ!名字と名前が一緒!凄いよね!!奇跡だね!私もバスケやってるんだよ!よし!仲良くしよう!」
コイツは、まるで嵐か台風かのように、もしくはギラギラした太陽のように、いきなり表れ、俺の淡々とした日々をぶち壊した。
「俺はお前と仲良くする気はねー…煩くすんな」
コイツとは絶対に合わないだろうと、俺は判断して酷い言葉を吐いたが、そいつは対して気にした素振りもみせなかった。
「OK!仲良くするのは諦める!よし、友達になろう!」
「話しを聞け!」
そんな出会いから始まった。
最初はうざったかったが、次第に興味がわいた。バスケがド下手くそで、体が全然動いてなかったのに、毎日努力そいつが気がつけば、気になっていた。
「下手くそ!」
「じやぁ教えてよ!」
こんな感じのやり取りがあって、根負けした俺は、そんな彼女にバスケをよく教えて、幸碓もスゴい努力していた。
その努力に実がなり、彼女、幸碓 千春は女子バスケのエースになり、生徒会の会長も勤めるようになって成績も優秀というあらゆる意味でスゴい人になってた。
そんな彼女に俺は少し惹かれてた。
直接的にいえば……好きになった。というか、好きにならないわけがない。
気がつけば側にいて、美人で明るくて、才能に溢れながらも努力を惜しまない彼女に惹かれたのは俺にとっては普通のことだった。
「あ……あのさ、俺と……付き合わねーか?」
夕焼けが上る体育館で、俺はバスケボールを抱えて顔を真っ赤にしながら、頭に血をのぼせながら言った告白だったが、彼女はアッサリと返事した。
「うん、いいよ。君のことはそこまで好きじゃないけど」
人生史上初めて好きな女をぶん殴りたい感情と負けた感じがスゴいしたが、取り合えずは俺たちの交際は始まった。多分、この時が一番幸せだったと思う。
後から聞けばアレは照れ隠しだと言ってたが、よく分からん。
その後も千春は相変わらず明るくて、元気で綺麗で……しかし、それだけではないというのが、付き合ってから分かり始めた。
彼女のキラキラとした輝きは沢山の努力の上に成り立っており、努力を必要としない才能にも溢れているが、それに対しての後ろめたさをもっている。
そして……実はスゴい不安症だ。
「ねぇ、正人……私は生きててよかったのかな?」
俺の家で、いつものようにイチャイチャしていたら、いきなり千春はそういった。冗談やからかいには聞こえず、顔も俯いていたのでよくわからなかった。
「どうしたんだ?急に……」
「あのね……死にたい。死にたくないんだよ……」
矛盾したことを彼女はいったが、俺には何故か矛盾しているようには見えなかった。何かに鎖で縛られているように見えた。
「あのさ……俺は、千春の事情とか、よく分かんねーけど…………
千春は、生きてていいよ」
もっと言えば、生きてほしい。
そういえば、彼女はただ無言で俺に抱きついて、震えていた。
「ありがとう……ありがど……」
その時から、だったと思う。彼女が時おり不安げに、悲しそうに、苦しそうにしていたのは。
いや、実はもっと前から苦しんでいたのだとは思う。それを表現するのが下手で……出すのが物凄い恥ずかしいのだろう。
それを俺にさらけ出してくれるというのは、物凄く嬉しいことだったし、心許された気がした。
「私って、生きてていいの?」
いいに決まってる。
「いい子じゃないんだよ……」
それの何が悪いんだ?
「私ね……幸せなことが……凄く恥ずかしい」
幸せで、何が悪い。
彼女の不安を恐怖を苦しみを少しでも和らげることが出来るならばと、俺はすべて断言した。それにこれは、俺の本心でもある。
「努力して得たものを手に入れて何が悪いんだよ。幸せでいて何が悪いんだよ。俺はお前が悪いことなんてしているように思えない」
「あのさ、正人ってアレだよね。スゴい優しいよね、本当に私の欲しい言葉ばかりいってくるよね」
でもね、と彼女はこういった。
「私、本当に悪い子なんだ」
「だったら、その悪ごと俺は愛す」
「……じゃ、じゃあ私がバスケ出来なくなって、姉と仲が悪くてスゴい悪い子で、え、えーと頭が悪くて音痴で顔面ドロドロになったら流石に君だって愛想をつかすよ!!」
何を彼女はこんなに必死なのだろうか。
「は?千春は千春だろ?たかだかそれだけで、どうやって愛想つけるんだ?俺はお前が今後どうなっても、愛し続けるぞ」
「え……う……うぅっうわぁぁあん!!!」
その日、彼女は泣いた。涙を溢れさせて泣きわめいた。いつも太陽のように、明るい千春が泣き、そして色々と話してくれた。
「私さ、親と上手くいってないんだ。いや、私にも悪いところはあるというか、全部私が悪いというか……うん、色々あって両親と上手くて……」
初めて語った彼女の環境は想像を絶するものだった。小さい頃からの育児放棄に虐待……そんな感じがしたのに、彼女はそれでも自分が悪いと泣いていた。
「お前は……悪くないだろ」
「ありがと……」
力なく、彼女は笑った。
あの時、なんて言えばよかったのか、彼女が何をいってほしかったのかは分からない。
例え、分かっていたとしても……その言葉は俺に求められていなかっただろう。
ピロリーン
『救われたら、結婚しよう』
その日の夜、彼女からのメールが一通きていた。どういう意味か分からなかいとメールを送ったが、返事はこず、その日から連絡がとれなくなり、彼女は姿を消した。
『千春が病院から落ちて、今意識不明なんだ』
ある日、久しぶりに千春の番号からかけられたのは、聞き覚えのない男の声がそういった。正直、何を言われているのか分からなかった。
俺は病院へと無我夢中で走った。途中のことはよく覚えていない。
病院に入り、彼女がいるという病室前にいけば、小さな少女が病室の外で泣きわめきながら、ドアを叩いていた。
「ごめんなざぁい!!全部私が悪いの!!ごめんなざい!ごめんなざい!!私が死ねばよかったのに!!いやぁぁあ!!会わせて!」
その少女に見覚えはあった、確か千春の姉だ。ごくたまにだけど、学校に来ていたと思う。歳は16か18だったような気がするけど留年してたと思う。
「また抜け出したわ!」
「早く押さえて!鎮静剤!」
その少女は看護師やナースたちに取り押さえられ、何処かへと連れていかれた。
「んだよ……これ……」
意味が分からなかった。何が起こっているのか、全然理解出来なかった。
もしかして……本当に千春は……
最悪な想像がよぎる中、うしろから声をかけられた。
「君が……千春 正人くんだね?私は千春の父親だ」
「千春は!?千春は大丈夫なんですか!?病院から落ちたって……!!」
「大丈夫だ。奇跡的に強い打撲だけですんで、今は状態も落ち着いている。面会も一応出来るから、千春の携帯から君を呼んだんだ」
「会わせてください!!」
そういえば、千春の父は頷いて病室を開いてくれた。そこで見たのは、管や点滴に変な機械と繋がって眠っている千春だった。横には、千春に似た妙齢の女性。
メールの意味を理解した俺は……すべてを悟った。
「あぁ……ヒック……うぅ……」
彼女は……救われなかったのだ。
そして、俺は救えなかったのだ。誰よりも愛しい彼女を……誰よりも幸せを願った彼女を……俺は救えなかった。
病室で泣いたあと、千春の父から話があると屋上まで来た。千春の父は端正な顔を歪ませてすべてを語った。
千春に臓器移植をせまったこと、自分が千春をぶったこと、千春は絶望して病室から飛び降りたことを……
「今は……彼女の不注意で落ちたということになっている」
「んだよ……それ……」
俺は目の前の男の首をつかみ、へし折ろうと力を込めた。もしくは血管をぶち破ろうと……しかし、男は無抵抗だ。
「すべて……私が悪い。愛する娘を……絶望させ、妻にばかり負担を強いていたのだから……。君が私を殺そうと思うのは仕方がない。しかし君の手を汚したくない、私は自首しにいく。なんなら、いますぐ屋上から飛び降りよう……あとは娘を頼む」
その言葉だけで、千春が何に絶望したのかを理解した。
彼女はこの愛情に苦しめられたのだ。この父親は善人ではないが根っからの悪人でもない。ちゃんと愛情がある。中途半端な愛情が……
だから……千春は親が悪いと責任転嫁の一つも出来なかったんだ。
「ふざけんな……ふざけんなよ!何でお前がそんな被害者づらしてんだよ!!全然理解してねーよ!!あいつが苦しんだのはそれなんだよ!!はんぱな愛情が千春を苦しめてたんだ!理解してやれよ!分かってやれよ!!逃げんなよ!俺に娘を任せる!?俺じゃ救えなかったんだぞ!?俺なんかの存在はあいつにとって小さかったんだぞ!?」
意味不明すぎるし、俺自身、何が言いたいのかは分からない。ただ悔しくて悲しくて……俺なんかより、こんな親の方があいつにとっては大きいという事実に苛立ってた。
「どうせお前らの関係なんてもう終わってんだよ!!手遅れなんだよ!害そのものなんだよ!だったら害虫から無害なゴミくらいにはなれよ!謝罪して土下座して!!あいつが何に絶望したのかを理解しろよ!んでもってあいつがどれだけ素晴らしくて世界一可愛い女か分かったら、屋上から飛び降りるなり自首するなりしやがれ!!そして後悔しろ!泣きわめけ!!
安心しろ、お前らなんかいなくても俺は千春を幸せにするからな!」
俺は興奮したまま、首から手を離せば、千春の父は咳き込みながら、へたりこんだ。
「とんでもないこと……いうな…ッゲホ…」
「害虫には……それがお似合いだ。残念ながら俺は『他人』なんでな。お前らの事情や気持ちなんて知ったことか」
えてして、これでよかったのか悪かったのかを聞かれれば、多分悪かったのかも知れない。
彼女にとっては遅く……もしかしたら、いっそ残酷な話かもしれないが……彼らに……千春を理解してほしかったのだ。
千春が目覚めた後、両親は謝罪したらしく話し合いもして、彼等は千春の絶望をしった。
千春の父と母は警察へ自首しようとしたが、千春はそれを拒否し、今はこのまま自分が不注意で飛び降りたことにしようと言い出した。
「だってさ、今、自首してもどうもなんないでしょ?つーか、姉さんどうすんのよ」
と、呆れ笑いをしてそういった。飛び降りて、色々と吹っ切れたらしい彼女は、嫌味も交えてそういった。それでいいのかと思ったが、彼女は本心からそれでいいと笑ってた。
「あ、でもこの家からは出るから。もう私に貴方たちはいらないから。でも、移植はするよ。母さんや父さんはともかく、姉さんには生きて欲しいから。
その後、どうするかは父さんと母さんが決めて。自首するなり自殺するなりね。」
これは、千春なりの恩返しであり復讐なのだろう。一見生易しくみえるかもしれないが、千春の絶望を苦しみを理解したこの人たちに更に必要ないとまでいわれるのは……
多分、一番の皮肉で一生残る罰だ。
「最後に、私は悪くない。『残念なこと』に、私は恵まれているし努力以外にも才能に溢れていますが、それは悪くないと言い張らせてもらいます。きっと私は幸せになります、上手くいくと思います。きっと貴方たちは私を愛してる『つもり』だったのかもしれませんが……
けれど、私は貴方たちを許しません。
私から見た世界には……愛なんてありませんでした」
そして、彼女は自分の両親に頭をさげた。
こうして、幸碓 千春はやっと救われた。
いや、救われてなどいないが、少なくとも『終止符』は打てたらしい。千春をしばりつける鎖はなくなり、彼女はやっと自分は悪くないと、胸を張っていえ、晴れて自由になったのだ。
自由になるための代償は余りにも大きすぎて……余りにも不等価値にしか見えない。俺がちゃんと救っていたら、もっと彼女を理解していたならば……払わなくても、失わずにすんだものが多すぎた。
俺は結局……なにも救えなかった。
「いや、私は十分君に救われたよ」
ある日の病院の屋上で、俺の隣で彼女は松葉杖をつきながら笑ってそういった。
「実はさ、あの後みんなでカウンセリングを受けたんだ」
「カウンセリング?」
「うん。私たち全員病んでるでしょ?
移植したあと、うちの親が自首したから、ついでにカウンセリングして……多分これからも色々やらされると思うよ。親は育児放棄に虐待。私は自殺未遂だし、姉は罪悪感で精神が壊れてたもん」
笑い事じゃないだろと思うのだが、千春は心底ケラケラと笑っていた。物凄い意地悪そうなのに……ものすごく魅力的だ。
本当は移植なんてさせたく無かった。けれどコイツは自分なりのけじめだと言い張って聞かなかった。ならば、俺もその意思を尊重することにした。
「母がアダルトチルドレンだったから、それらも合わせて、親の判決は軽くなるかもだけど、私の親権はなくなるんだ。詳細に言えば親権停止。
姉はカウンセリングとリハビリすることになって、私は父方の祖父母にいくかな?まぁすぐに出ようと思うけど。あそこ、過保護すぎて怖いからね。どうしていいのか分かんないし」
まるで他人事のように千春はそういった。
「お前は……それでよかったのか?救われたのか?」
「救われたよ。皆がハッピーエンドじゃないけど……私は救われたんだよ。君のおかげだよ。
あのまま何も話し合いをしなかったら、私の苦しみや絶望を理解してくれなかったし、私も親の気持ちや姉の気持ちは分からなかった。そして、両親を見限ることも出来なかったから……ありがとう」
……気を使われていわれたのか、彼女が本心からそういったのかは、分からない。けれど、千春が解放されたのは事実のように思えた。
救われたのは、俺のおかげではない。彼女がちゃんと向き合えたからだ。もう、うんざりして絶望した相手と向き合えた千春だから、救われたと言えたのだ。
「あのさ……」
「ん?なに?」
「救われたなら、結婚しよ……俺、幸せにするよ」
それは、千春から送られたメールの内容だったのだが、千春はキョトンとした顔でいった。
「ガキの分際で何言ってんの?」
久しぶりに千春をぶん殴りたい気持ちが湧いた。
「いや、本気だから!!卒業したら働いて、結婚資金ためて……あ、体も鍛えなきゃな」
「なんでよ」
「お前のファンとか親友とかに絶対殺されるから……病院ですら何度も殺されかけたか……」
「ハハッがんばー」
これでよかったのか、何がよかったのかは、分からない。彼女が選択したのは『妥協』と『終止符』であり、その選択肢も沢山の犠牲を払って得たものだった。
今後、彼女はバスケが出来ない。どんなに頑張ろうと努力をしようと普通の運動だって無理があるだろう。きっと事情を知らない千春に期待していた先輩や監督は裏切られたと思うかもしれないし、千春に憧れてバスケ部に入った奴も同じ思いをもつかもしれない。
だから、それでも、だとしても……俺は……
「そうだ千春、俺の肺の半分お前にやるよ」
「は?」
千春がキョトンと、何を言われたか分からない顔をしてポカーンと口をあけている。
「そうだ、そうしよう。そしたら全て解決すんじゃん」
「キミ、医学をなんだと思ってるの?」
絶望的なバカを見る目で彼女は呆れながらそういった。
「千春、俺……なんでもするよ。んでもって……本当に幸せにするから」
「……ハハッ本当に君って、怖いくらいにバカで優しいよ。でもね……いらない
私、これでも今、充分幸せなんだと胸をはっていえるから。」
彼女はそういって笑った。千回春が訪れそうな、うむを言わせない、優しくて暖かい千春に、俺はこれからもきっと敵わないのだろう。
「愛してる、千春」
「私はそこまで好きじゃないけど……まぁ、愛してるよ」
これが救われた話かは、本人たちの問題ですね。千春が支払った代償は大きいし、そうまでする価値があったのから微妙です。
読んでくださり、本当にありがとうございました。完璧なハッピーエンドが書けなくて、すみませんでした。