0
「ちなみに、もうあんたの元素をすべて奪いつくしたところだよ」
「何を言っている。一体いつ奪いつくしたというんだね」
「さっき、あんたから周期表の話を持ち出された時に、俺は酸素、水素・・・・と8個の元素を言っただろう。あれが、あんたに残された元素だったんだよ」
「マスターがその能力を持っているという証拠はあるのかい?」
「あんたが消えることでそれは証明される」
「いつから私が奪っていたと気づいた?」
「最初から気づいていたよ。いきなり来た客が『ウンウンオクチウム(原子番号118)』なんていう変な単語を持って来たら、普通は気づくさ。だから俺は、あんたの持ち出した元素の名称を自分からも言っていたのさ」
「確かにマスターは、私が元素の名称を言った時には、必ずオウム返しをしていた・・・・」
「いや、必ずでは無かったがね。俺はあんたが酸素、炭素、窒素、カルシウム、リン、硫黄、カリウムの名前を挙げた時だけは、その元素の名前は言わなかった。これらの元素は体内比率が大きい故に、奪うとあんたに気づかれる危険性があったからな。だから今日、まとめて奪ったってわけだ」
「・・・・じゃあ、何故今日だったのかね。話を聞く限り、君は1日に8個以上もの元素が奪えるらしいじゃないか。だったら、私が原子番号8の酸素を奪う日に、残りの元素を全て奪えばよかっただろう」
「酸素を奪った日には、あんたが1日に1個しか元素を奪えないという事を知らなかったんだ。もしあんたも8個奪えるとしたら、俺までも消滅させられていたからな」
「じゃあいつ、その事実に?」
「翌日の、あんたが窒素を奪った日さ。あんたは気づいてないかも知れないが、あの時に次の日に奪うはずだった『炭素』という単語をあんたは発言していたんだよ。二酸化『炭素』と言ってね。その時に、俺の体重は窒素だけが奪われて18kgになるのか、加えて炭素が奪われて6kgになるのか、それで判断したのさ。すると俺の体重は18kgになったから、その事実に気づけたってわけだ」
「そうか・・・・詰めが甘かったみたいだね」
「残念だったな」
「ああ。だが、消滅するのはお互い様だ」
マスターはまるで自分が勝ったかのような笑みを浮かべる。
そして彼はただ黙って、胡散臭いカップ2つにコーヒーを淹れた。
「あと1分だ。最期の晩酌といこうか先生」
「おいおい、年寄りに1分でコーヒーを飲めと言うのかね」
「残してもいいさ」
2人は砂糖やミルクを入れることも無く、コーヒーの苦さを体に教えた。
生きているから、苦さが分かるのだと。
「そろそろだね。ありがとうマスター、美味しかったよ」
「全部飲んだのか。今回は金はいいよ」
「そうか、すまないね」
「俺の方もすまないな。これは、使命だったんだ」
「いいんだよ」
一刻が経ち、古ぼけたコーヒー屋は閑静な空間に早変わりする。
誰も見ていなければ、誰も喋らない。そこには、2つのコーヒーカップと1人の男がいた。
男はカップを水で洗い、水分をふき取ってから、食器棚に戻した。
「でも俺は消滅しないよ、先生。毎日、原子番号0のニュートロニウムを薬として摂取していたからね」
男は今日も二階に上がり、株価とのにらめっこを始める。男は今日、笑えなかったという。