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「マスターは理科の周期表と言うのを覚えたことはあるかい?」
「水素、酸素、炭素、窒素、カルシウム、リン、硫黄、カリウム・・・・とかってやつか」
「そうだ。原子番号1の水素から始まり、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン・・・・と続く。この周期表の中に、体を構成している全ての元素が詰まっているのだよ」
「ああ、高校の時に覚えたよ」
「私は3ヶ月以上かけて、マスターの体を構成する元素を、原子番号の大きい方から、118の元素、117の元素、116の元素と1日1個奪っていたんだ。私もこの歳だからか、1日1個奪うのが限界だったよ。君ぐらいの歳の時は、1日に7、8個は奪えたものだが」
「・・・・まるでおとぎ話のようだな」
「おとぎ話さ、この世はいつだってね。中には、人体には存在しない元素もあるんだけど、念のため全部やらないと気が済まない性分でね」
「じゃあ、どうやって奪ったんだ」
「私は、奪う相手に対してその元素の名称を言わないと、相手からは奪えない。だから毎日、私はマスターとの会話で元素の名称を挙げていただろう」
店頭のネオンサイン、フッ素樹脂のフライパン、野球の酸素缶・・・・確かに、この男は毎日、何らかの元素の名称を挙げていたことをマスターは思い返した。
「そして奪うことに成功した場合、翌日の0時にその分のマスターの体重は減るということさ。そんな今日、君に残っている最後の元素の水素を6kgを奪うことにも成功した。だから、あと30分もすれば君は消滅する」
「・・・・にわかに信じがたい話だ」
「じゃあ良いことを教えてあげよう。人間に含まれる酸素の割合は63%だ。その酸素を君の体から奪った時、元の体重である60kgの63%だから、およそ38kg痩せる計算になる。それが58kgから20kgになった時さ。辻褄が合うだろう」
「待てよ、何であんたは俺の元の体重を知っているんだ」
「君自身の口から体重が20kgに減ったと教えてくれたじゃないか。そこから逆算したってことだ。あの時は順調に体重が減ってくれていて安心したよ」
「他に根拠は?」
「他の根拠として、どうして君が6kgから4日間も体重が減らなかったというと、人体に原子番号5~2のホウ素、ベリリウム、リチウム、ヘリウムはほとんど、あるいは全く含まれていないからだよ」
「じゃあ、なんで1番の元素からじゃなくて、最後の118番の元素から奪っていったんだ?」
「私の趣味だ。大きい方から奪った方が、カウントダウンみたいで面白いじゃないか」
マスターは何とも言えない気持ちになった。簡単な言葉で説明が付かない気持ちだったという。
人間というのは、時には唇が震えることを知った。
「どうして俺だったんだ?」
「立地が悪いし、客もあまり来ないからね。マスターは独り身みたいだし、いなくなっても事件が発覚するまでに時間がかかるでしょ。証拠は隠滅しておきたいから、しばらく時間が欲しいのだよ」
「・・・・なんの為に、俺の元素を奪ったんだ?」
男は、何も言わなかった。