004
歓声が上がった。クラスが大いに賑わっている。両者の賭けを知らずとも、純粋に楽しめる試合内容。誰もが二人の健闘を讃えていた。
しかし、この結果に納得できない者が一人いた。事態が呑み込めていなかった。
ギルメロイは、その額から落ちる自分の汗が、姫月の顔に垂れるのをただ眺めていた。
姫月は、その汗を拭おうともせず、相変わらずの氷の微笑に戻っている。ギルメロイは勝利し、姫月を手に入れた……はずだったのに、自分の額に銃口が押しつけれている。
視線だけを遠くの地面に送ると、確かに姫月の短剣は転がっていた。では、彼女の左手にあるこの銃は何なのか。
「おめでとう姫月。それはそうと私のデバイス、早く返してね」
シェリーが駆け寄って、手を伸ばす。
「そうしたいのは山々なんだけど、ギルメロイが中々どいてくれないのよ」
「あらあら、人前で女性に跨るってイタ!」
シェリーの脳天に剣の鞘が降りかかった。
「シェリーさん。あまり下品な発言をしないように。懲罰房に送りますよ」
「まだ、言ってないのに……ぐすん」
シェリーは、涙目になりながら自分の頭を撫でた。それでも、マリア先生が収集した拷問器具コレクションの使い心地を確かめるのは嫌なのか、大人しく引き下がる。
中には、マリア先生考案の特注品もあるという噂なので、姫月としてはシェリーに見てきて欲しかったのだが、言葉にするのをやめておいた。やめておいたのに、シェリーは「この人でなし!」と、姫月に文句を言う。
「姫月さん。一応、皆さんにわかるよう。簡単に説明してもらえるかしら」
先生の手に引かれ、起き上がる。そして、事前にシェリーとリンクしていたこと、戦闘中はシェリーの指示を参考にしていたこと、隠し持っていた武器もシェリーのものであることを伝えた。
「見事な作戦勝ちですね。実戦においては必要なことです。異端との戦いに卑怯という言葉はありません。どんな手を使ってでも勝てばいいのです。勝利こそ全て……なのですが……、これは練習試合ですから、以後同じ手を使わないように」
マリア先生は、優しく嗜めると、適当に組ませた生徒同士で試合を開始させた。
ギルメロイは、一人で保健室へ向かい、姫月はマリア先生と共にクラスメートの試合を眺めていた。
「体調に問題はないのですか? かなりの魔力を消費していたように見えましたが」
「はい、特には」
「そうですか。もう少し効率的な使い方を覚えた方がいいでしょう。しかし、酷い恰好ですね。せっかくの服が台無しです」
「……申し訳ありません。後でファムに直してもらいます」
「ああ、ファムさん。彼女は魔法が得意でしたね。錬金術も使えるのですか?」
「はい。以前、壊れた椅子を直してもらったことがあります」
「そうですか……」
マリア先生は、生徒同士の戦いに顔を向けたまま、寂しげな横顔を晒した。それは、あくまで姫月の主観的な評価であって、マリア先生の胸中とは無関係であったかもしれない。ただ、異端審問官として、魔法に対する何らかの思いがあるのだろうと推測させられた。
そんな先生の姿を見ていると、視界に一人の男性が入る。赤い甲冑を着た、見慣れぬ黒髪の騎士が、こちらに向かってきていた。
マリア先生は、彼に気づくと恭しくお辞儀をする。
「タクマ=ソウギ騎士団長ですね。今日から赴任されると伺っておりました。教員を代表して歓迎致します」
「あなたが、マリア先生ですか。お噂はかねがね」
タクマと呼ばれた騎士は、一礼することもなく、渋い顔をしたままマリア先生を見ていた。ふと、視線がこちらに向く。
「君は?」
「この子は、私の生徒です。ヒメヅキ=アルテナ。とても優秀な生徒ですよ」
答えようとした矢先に、マリア先生に割り込まれてしまった。特に付け加えることもなかったので、そのまま見つめ返していると、男の顔はますます険しさを増していく。
「アルテナ……嫌な名前を聞いてしまったな」
表情にこそ出さなかったが、不躾な対応に、姫月は不快感を覚えていた。実の母と思っている孤児院のアルテナ院長から貰った姓。このタクマという男が、どのアルテナを連想したのか分からないが、院長を悪く言われた気がしてならなかった。
そんな姫月の様子を、知ってか知らずか、マリア先生は、タクマに生徒同士の試合を案内した。
銃声と剣の交わる音が呼応する、腥風荒れた空間。誰もが単なる訓練とは思えぬ程に、生々しくぶつかり合っていた。
「……あそこにいる、ファム=リペイン。彼女はどうですか?」
赴任したばかりの教師の口から、生徒の名前が出たことに、マリア先生が驚いた表情を見せる。それを察してか、彼は言葉を付け加えた。
「私は、彼女の後見人でね。育ての親というほど、面倒を見たわけではないが……」
「なるほど、そうでしたか。彼女も優秀ですよ。座学ではトップクラス。ただ、実技の方は……」
言っている側から、相手に吹き飛ばされて、血を流していた。かなり痛々しい。それを見かねてか、タクマは頭を一掻きすると、踵を返して校舎に戻ってしまう。ファムは、苦しそうに傷口を抑えながら、去りゆくタクマの姿を眺めていたが、マリア先生に促され、一人保健室へと向かった。
授業の最後。集まった生徒を前にして、マリア先生が口を開いた。
「最後に、今日は、このまま全員でリンクをしてみましょう。習うより慣れろ、ですね。一人一人順番にリンクさせていくのが基本ですが、このように強制リンクも可能です」
マリア先生が、自身の長剣を掲げると、生徒達の所有する短剣が同時に光を放った。
―え、何!?
―うぉぉぉぉ。
複数の雑多な声が、頭の中に流れ込んできた。
「これは、皆さんのように共通のデバイスを持っているからできること。例外中の例外です。正規の異端審問官になったら、配属班ごとに規格も方法も異なるので、やり方はその時に覚えて下さい」
―あ~あ~、本日は晴天なり。本日は晴天なり。
―姫月の奴、すっごい恰好だな。
―たまんねぇ。
―男ってやらしい。最低……。
―でも肌、綺麗だよね。
―パンツもっと見たかったなぁ。
姫月は改めて恥ずかしさが込み上げてきた。平然を装っているつもりでも、顔に血液が集まって沸騰しそうだ。それでも、恥ずかしいという感情を外に出すのは、もっと恥ずかしいことのように思えたので、必死に考えないようにしていた。
「皆さん。心の声がダダ漏れですよ。私もリンクしていることを忘れないように」
―ああ、ダメだ。言われば言われるほどマリア先生の胸が気になって仕方がない。
―パンツ見たいなぁ……。
「意識を集中させて下さい。そうすれば、伝えることと、伝えないことを分けることができます」
マリア先生は、さも慣れていると言わんばかり無表情で、思考の一切が伝わってこない。残念と言えば残念だが、先生が生徒に抱いている感情の全て、それはそれで知りたくない気もする。
「それと、万能なようでいて、魔法の影響を受けやすく、実際の戦闘では使い物にならないことの方が多いです。ジェスチャーによる意思疎通の重要性に変わりはありませんから、あまり道具に頼らないように」
そして、最後に付け加えた。
「皆さん。今日は一日そのままの状態で過ごしてみて下さい。ちなみにですが、デバイスには通話を記録する機能が備わっています。面白半分に使うと後々恥を晒すことになりますよ」




