021
ジェイドは、保健室で思案していた。先ほど見た光景が頭から離れない。
驚きの一つは、マリアがタクマに敗れたこと。
「やれやれ……私の可愛い人形をバラバラに壊してくれるとは……さすが、騎士団長といったところか。少々見くびっていたな」
誰に言うでもない独り言を漏らす。マリアをタクマにぶつければ事が収まると思っていただけに、予想外のことだった。
ジェイドの横にある診察台には、回収したマリアの遺体が載せられている。
無残に切断され、白い柔肌には乾いた血がこびりついていた。
物言わぬマリアの頬を撫でると、指先で胸元から体の下までなぞっていく。死後硬直が解かれ、皮膚に弾力が戻っていた。
触れた手の体温を奪う冷たい体。目を見開いたまま、人間らしさを微塵も感じさせない置物と化していた。
ジェイドは、それ以上マリアの体に興味を示すことなく、深い溜息をつく。
ジェイドにとって、最も興味をそそられ、最も驚かされたのは、姫月=アルテナの存在だった。
まさかとは思っていた、まさかとは思っていたが、この目で見るまで信じられなかった。
―カンナの娘か……。
椅子に腰をかけ、天井を見上げる。仮面越しに覗き見る世界は、ひどく窮屈で息苦しい。
あの無垢な姫巫女が、自分を謀っていたとは……。
しかし、それも仕方がないと思い直す。
ジェイド自身、カンナを信用していなかったのだ。その状態で、相手から信頼を得るなど、どだい無理な話。そもそも、小娘とはいえ、相手は一国を治めた君主。突然現れた男に心を開くなどあり得ない。結局、互いに、騙し合い、嘘を付き合い、偽りの関係を築くことに終始していた。今更ながら気づかされることもあると、ジェイドは、自嘲気味に笑った。
だが、そんなことは些細なこと。カンナが子供を産んでいようが、サリア=アルテナがカンナの子供を育てていようが、そんなことはどうでもよかった。
問題は、姫月=アルテナが巫女としての力を継承していたこと。いや、あれは巫女としての力と言ってよいのか。ジェイドは再びマリアの遺体を眺めながら考えた。
信じられないことに、殺した魔獣を自らの体に取り込んでいる。カンナの行っていた神下ろしの儀式を知るジェイドにとって、それとはかけ離れた力に見えた。
―そういえば、東の地では人からかけ離れたものを、全て神として祭っていたな……。
その理屈からすれば、魔獣も神ということになる。
「ふふ、なるほど……ということは、およそ信じられん話だが、シャーマンという奴は、魔獣も神として取り込むことができるというわけか」
それどころか、もっと別のものすら取り込めるかもしれない未知の力。
そして、それは聖教会にとって脅威となる力でもある。
―全く、悩ませてくれる……。
姫月が、東方の巫女の血を引いていると知る者は、何人いるのか。サリア=アルテナは恐らく知っている。知っていて異端審問官への道を許すということは、解せないものの、さしたる脅威ではない。厄介なのは、聖教会の上層部。知れば必ず潰しにかかってくる。
「さて、私はどうすべきだと思う?」
ジェイドの問いかけに返事をする。
「私は、ジェイド様の御心に従うだけですわ」




