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019

「フフ……ははは」

 剣を抜いたマリアが、突然笑い出す。

「先生……?」

 姫月は、邪魔にならぬよう、壁際に下がったところで振り返った。

「くくく、ははははは! ぎゃははははは!」

 マリアは大きくのけぞり、笑いながら絶叫した。

 姫月はその姿に恐怖を覚えた。

「本性を現したか。マリア=レーベル。貴様に殺されていった哀れなる者たちに、今こそ魂の安らぎを与えるときがきた。今ならば、感謝してもいい、貴様らが崇拝する神にな! 今ここで引導を渡してくれる!」

 タクマも大剣を抜く。

「笑わせるねぇ、タクマ=ソウギ。炎聖騎士団の団長様がまさか異端者だったなんて、これは聖教会にとっての大スキャンダルだ! ひゃははははは!」

「貴様に言われたくはない。私は、我が主の命により潜伏していたに過ぎない。国が亡び、主を失った今となっても、私の忠義に微塵も揺らぎはないのだ!」

「御託はいい。さっさと殺し合おうぜぇ~」

 マリアは剣を舐める。金属の感触が、錆びた鉄の味を想起させ、たまらなく狂おしかった。血の味。鮮血の味。喉を潤す甘美の味。

「この狂信者め。そうやって、何人の罪なき者を殺してきた!」

「狂信者? はぁん!? 何言ってんだおめぇわよ。殺しができりゃあ、神も糞もあるかよ! 信仰なんざ、どうだっていいのよ!」

「つくづく、腐った女だ! その身を持って罪を償うがいい!」

 タクマは、込み上げる怒りを戒めつつ、剣を握る手に力を込めた。

 両者は、離れて向き合ったまま一歩も動こうとしない。



「たまんねぇ! たまんねぇぜ! 栄えある炎聖騎士団団長様をぶっ殺せるなんてな!」

 叫ぶとマリアの長剣が、スナイパー型の銃機構に形を変えた。その瞬間には引き金を引き終えている。

 光の弾丸が、タクマの脳天へと一直線に向かった。

「舐めるな! 外道が!」

 タクマの一振りで弾丸は消え去り、そのまま一瞬でマリアに間合いを詰める。信じられない速さだった。タクマの足が閃光に包まれたかと思うと急加速し、殆どマリアの放った弾丸と同じスピードで剣を突き刺しにかかる。

「ばーか! 罠に決まってんだろ!! この猪野郎が」

 タクマの体は、マリアの目の前で止まった。自分の意思で止まったのではない。止められたのだ。地表から身体拘束の魔法が発動している。剣を身構えたまま、身動きが取れなくなっていた。

「卑怯者め!」

「言い訳はあの世で聞いてやるよ!」

 マリアのミスリルデバイスは再び細身の長剣に姿を変えていた。間髪入れずにタクマの鎧を縫って、腕の脇から心臓にかけて一気に突き刺す。

 剣は貫通し、タクマの体が炎を上げて、掻き消えた。

「炎聖の名が伊達ではないことを教えてやる!」

 タクマはマリアの背後にいた。姫月の目では、先ほどのが幻影だったのか、それとも瞬間的に脱出したのか、追うことができない。

 既にマリアは、防御の姿勢で構えていたが、それは意味を無さなかった。

 タクマのミスリルデバイスが巨大な筒になると、火炎を吐き出す。猛火が主祭壇の一面に広がり、マリアの体を呑み込んでいく。

「燃えろ! 燃えてしまえ! 今こそ悪鬼を打ち破らん!」

 炎の中から、マリア先生ののたうち回る姿が見えた。叫び声をあげ、呻いている。呼吸ができないのか、喉を掻き毟るような仕草のまま苦しんでいた。

 タクマは、容赦なく、火炎を浴びせ続ける。地面を転がり、這いつくばりながら逃げようとするマリアに、少しずつにじりより、剣を振り上げた。

「今、楽にしてやろう」

「だから、てめぇは馬鹿だって言ってんだよ!!」

 炎は霧消し、マリアの長剣に収束していた。

「炎聖の騎士と戦うのに、対策してねぇわけがねぇだろうが!!」

 凝縮されたエネルギーが、爆発的な閃光となって放たれる。タクマの体が後ろに消し飛び、パイプオルガンの中にめり込んだ。衝撃音と共に粉塵が舞い、時間を置いて、オルガンの巨大なパイプがいくつも崩落していく。

 地響きがもたらした、しばしの沈黙。マリアは追撃することなく、剣を地面に突き刺し、寄りかかるように体重を預けた。

 乱れがちなその呼吸が、疲労を物語っている。

 姫月は声をかけようとしたが、それを躊躇させられるほどの緊迫感が漂っている。

 案の定というべきか、瓦礫の中からタクマがゆっくりと出てきた。

「小賢しい真似ばかりする。小手先の技で倒されるほど、私は弱くないぞ」

 タクマは再び剣を構えた。マリアもそれに応じて剣をとる。

「悉く罠にかかっておいて、面白いことを仰る。さて、お次はどんな痴態を見せてくれるのかしら。楽しみだわ」

 マリアは口に手を当てて笑った。だが、虚勢を張っているようにしか見えない。

 僅かに傷を負わされたタクマに対し、マリアの方は衣服のほとんどが焼け落ち、その白い肌も煤に塗れている。

 タクマが優勢であることは、姫月の目にも明らかだった。

―何とか、先生を援護しないと。

 そう思ってみても、二人の間に割って入ることなどできない。あまりの速さに全くついていけない。自分が飛び込めば、むしろマリア先生の足手まといになる。

 どうしようもなかった。

「行くぞ!」

 タクマは声を張り上げ、マリアに迫る。マリアは振り下ろされた大剣を、自身の細身な長剣で受け止める。

 そのまま受け切れるはずもなく、地面に沈み込むように体勢を崩した。

 マリアの表情が引きつる。

「終わりだ!」

 タクマは、マリアの剣を強引に弾くと、無防備に空いた胴体目がけて薙いだ。

 マリアの体が、真っ二つに両断される。

「かはっ……」

 マリアは口から血を吐いた。下半身は力無く倒れ、上半身は地面に落下し、首の反動に合わせて何度も頭を打ち付ける。

 タクマは、すかさず剣先をマリアの首に示した。

「最後に言い残すことはあるか?」

 マリアは虚ろな目で、タクマの姿を確認すると、僅かに微笑む。

「…………主よ……罪深き魂を……天に……お運び下さい……」

 マリア先生は、いつもの穏やかな顔に戻っていた。

「何を今更!」

 タクマの剣がマリアの喉に突き刺さった。既に大量の血が流れ出たせいか、動脈に勢いがない。

 マリア先生の瞳から生気が消える。

 タクマは満足げな笑みを浮かべると吠えた。腹の底からひねり出す、天に向けた咆哮。それは、死んでいった仲間達への勝利の知らせだった。


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