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015

 ギルメロイは、人形のようにその場で動かなくなる。

「ど、どうしちゃったんでしょう……」

 ファムが不安気に、ギルメロイの顔を覗き込んだ。

「あら? おかしいわね……。このクッキー、媚薬が入ってたんじゃないの? だったら、好き好き大好き姫月さん状態よね?」

 シェリーは、姫月とギルメロイの間で、何度も顔を往復させた。相変わらず、ギルメロイは動く気配を見せない。姫月は、強力な精神支配薬というジェイド先生の言葉を思い出していた。

「……シェリー。媚薬が仮に入っていたのなら、食べさせたあなたのことが好きになるんじゃないの?」

「あ! そっか!」

と納得すると 、シェリーは「お手!」と、手を差し出した。シェリーの手の平にギルメロイが手を重ね合わせる。続いて、「お座り!」と叫ぶと、言われた通り、その場に座った。

 何だか楽しくなってきたシェリーは、大きな声で叫んだ。

「ちんちん!」

 ギルメロイは立ち上がると、ズボンを脱ぎ始める。ファムが黄色い悲鳴を上げて、シェリーは急いで止めに入った。

「無し! 今のは無しよ!」

 姫月は、何だかいけないことをしている気になってきた。ズボンを下ろし終えた段階で、石のように固まったままだ 女性三人に囲まれたパンツ姿の男子生徒。傍からみると苛めである。

「何だか、媚薬って思ってたのと違うわね……もっと普通にできないの?」

 シェリーの言葉を聞いた途端、ギルメロイの目に生気が戻った。

「あれ? 俺は一体何を……ん? シェリーに……ファムに……それに……ひ、姫月!?」

 ズボンを下まで卸していたせいだろうか、驚きの声を上げて、のけぞった瞬間、ギルメロイはすっころんでしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

 ファムが手を伸ばすと、迷いなくその手を掴んで起き上がる。相変わらず、ズボンは卸したままで、自分の格好に何の不満もないらしい。

「大丈夫だよ、ったく。なんでお前ら俺を囲んでるんだ?」

「あんたの方こそ、姫月に何をしようとしたのか言ってごらん」

「俺は、姫月に媚薬入りのクッキーを食べさせようとしたんだ」

「ほほぅ。なるほど。つまり、媚薬窃盗事件の犯人はあなたね!」

「そう、犯人は俺だ!」

 ギルメロイを指差し、ポーズを決めたシェリーに対し、ギルメロイも自分で自分を親指で差す。

 一応事件が解決できたらしいというところで、姫月が

「ねぇ……そろそろズボンを履いたらどうなの?」

と聞いてみたのに、「なぜだ?」と首を傾げるばかり、堂々と下着を晒している。

 ジェイド先生の媚薬の効果は大体把握できた。薬を盛られた人は、盛った人の言うことしか聞かないし、言われたことに対しては何の違和感もなく行動する。普通に過ごせと言われれば普通に過ごし、特定のことを命じられればその通りにする。その人の日常から余程外れた行動を取らない限り、操られていると気づくのは容易ではない。

 確かにこの薬は危険だ。紛失がばれたらジェイド先生の首が飛ぶだろう。それこそ、そのままの意味で飛ぶかもしれない。

 これほどまでに強力な薬を、先生が何に使っていたのか、想像するだけで恐ろしい。仮に使っていたとしたら、単なる自白剤としてではないだろう。

「シェリーさん……そのまま、職員室に連行したらどうでしょう……」

「ええそうね。そうするわ。ほら、犬! ズボンを履いて四つん這いになりながら付いてらっしゃい!」

 ギルメロイはワンと一声なくと、舌を出したままハァハァと息を荒げて、シェリーの後を追っていく。

 あまりにも哀れな光景。姫月は可哀想になった。自分に一服盛ろうとした相手とはいえ、先ほど友人としての握手をしたばかり。

「せめて、二本足で歩かせてあげたら?」

「仕方がないわね。姫月がそう言うなら許してあげましょうか。人間に戻っていいわよ」

 シェリーは残念そうに、命令すると、「じゃあ、私は職員室に行くから、後は、よろしくね! ね、ファム?」と言った。

「は、はい……シェリーさん……」

「ん? どういうこと?」

 聞き返した姫月に、シェリーが言った。

「実は、祝賀会の準備を終えているのよ。姫月は、ファムに案内してもらって」

「やけに準備がいいわね」

「そりゃそうよ。だって、今日中に捕まらなかったら、最後の晩餐にするつもりだったんだから。祝賀会になってくれて本当に助かったわ」

 去っていくシェリーを見て、姫月は複雑に絡み合った糸が、解けていく感覚を味わった。

―ああ、そうだったのね。

 悲しくて、冷たい現実。受け入れがたい真実。姫月には全てがわかった。わかってしまった。

 まだ、事件が終わっていないということを……。


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