014
「で、何でこんなことになったのか、改めて説明してもらいたいんだけど」
校舎裏の草叢の中、姫月とシェリーとフォックスは座り込んで隠れていた。
「だから、異端審問が行われちゃうと、私が森の民だってばれる可能性が高いのよ。何としてもその前に事件を解決して、犯人を突き出してやらないと!」
「それはわかるけど。ここにこうやって隠れる意味がわからない」
「いいから、いいから。待ってればわかる……ほら、きたきた!」
シェリーは声を押し殺して、指を差した。その先には、かなり体格のいい男子生徒がいる。
「あれは……確か騎士科の……」
「よく知ってるわね。実は、この前ラブレター貰ったのよね……ふふ」
何故か、シェリーは得意気な顔をしていた。姫月の冷たい視線に気づいたのか、急いで付け加える。
「彼、この前、行方不明になった男子生徒と相部屋なのよ。だから、何か探れるかもしれないと思って」
姫月は、シェリーが意外に頭を使っていたことに関心した。
「というわけで、行くのよ! フォックス!」
姫月は耳を疑った。当のフォックスは言われた通り、シェリーの姿に変身してスタンバイしている。
「ちょ、ちょっと。何でフォックスに行かせるのよ。あなたが行けばいいじゃない」
その言葉に、シェリーは頬を赤らめた。そして、なぜか、地面に指先でのの字を書き始める。
「だ、だって……男の子とデ、デートなんて……恥ずかしい……じゃん?」
「あなた……普段デートに行ってるじゃない」
「あ、あれは……全部、フォックスに代わってもらってて……私は……その間、何ていうか……山へお食事に……。ほ、ほら! フォックス、早く!」
絶句する姫月の様子に限界を迎えて、シェリーはフォックスを送り出した。
フォックスは、男子生徒が後ろを向いている隙に、草叢から飛び出し、女の子走りで駆け寄っていく。
「ごめ~ん。待ったぁ~?」
否定する男子生徒の手を、さりげなく両手で握ると、再度謝罪の言葉を口にしている。
姫月は、何だかとてもいけない物を見ている気がした。中身は、まだいたいけな少年だと言うのに、こんな不純かもしれない同性交遊をさせるなんて。いや、それよりも相手の男子生徒が可哀想だ。好きな女の子をデートに誘ったつもりが、自分よりも年下の男の子と手を繋ぐことになっている。しかも、これから迫っていかないといけないなんて……。
「こりゃあ、真実を知ったらトラウマもんだね。いや、別の何かに目覚めてしまうか」
姫月は、心の声を漏らしたつもりはなかったが、シェリーは同意するように一人頷いていた。
「本当に、フォックスを行かせていいの? 何が起こるかわからないのに……」
心底心配する姫月に、シェリーは堂々と言い放った。
「キスまでなら、許してるから大丈夫」
「あ、あなた弟に何させてるのよ……」
「ちゃんと本人の意向を尊重しているから安心してよ。それに、フォックスは慣れてるから大丈夫だって」
「そういう問題じゃ……」
二人が言い争っている間に、フォックス達は、腕を組んで歩いていってしまった。
「追わなくていいの!?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと調査して来てくれるから」
段々、一人で焦っているのが馬鹿らしくなってくる。そんな時、ファムが草叢の陰からひょっこり顔を出した。
「シェリーさん……言われた通りにしてきましたけど……」
「で、どうだったのよ」
「……オッケーだそうです……」
「よし!」
シェリーは拳を握りしめて喜んでいる。
「もう、訳が分からないんだけど」
殆ど、諦め顔になっていた。
「ファムには、まず相部屋であることを活かしてマチルダの私物を捜索してもらったの。でも、何も見つからなかった。ということは?」
シェリーが笑顔を向けて、質問をしてくる。正直、イライラさせられた。
「ニコルと、マチルダと、ファムが白なら、残る容疑者はギルメロイだけってこと?」
「その通り! なので、ファムにギルメロイを呼び出してもらいました!」
言っている意味が分からなかった。ファムに目をやると、申し訳なさそうに身を竦めている。
「つまり、ギルメロイには、姫月が、大事な話があるから校舎裏まで来て欲しい、と言ってたって伝えたのよ、ね? ファム」
「……はい。しかも、ギルメロイ君が渋った場合は……姫月さんが、乙女の顔になってたとか、手紙を用意していたとか、意味深な感じにするようにと……あ、でも、言ってないですよ。そこまでは……」
「シェリー……あなたという……」
沸き起こる怒りを爆発させようとした矢先、ギルメロイが校舎の裏にやってきてしまった。かったるそうにしているが、落ち着かない感じで、同じ場所をぐるぐるとまわっていた。
「今更、説明するまでもないけど。フォックスと同じように、ギルメロイを籠絡させて情報を聞き出すのよ!」
殆ど目的を忘れているんじゃないかというぐらい、シェリーの目が輝いている。
「私にそんな器用なことができると思う? あなたがやればいいじゃない」
「できるできる。姫月ならできる! やればできる子!」
無責任に応援するシェリーを尻目に、ファムを見てみる。
「わ……私も……彼に関しては姫月さんが適任だと思います……」
予想外の指名だった。ファムはシェリーと違って、面倒事を他人に押し付けるようなタイプではない。しかし、一体何を根拠に言っているのか。
「大丈夫だって。デバイスを通じてちゃんと助言するから」
「あなた、さっきデートの経験は無いって言ってたじゃない……」
「ち、知識はあるのよ。知識は!」
ただの耳年増である。全く信用できない。
フォックスのことを知らないファムは、理解できていない様子だったが、取り敢えずシェリーに歩調を合わせる感じで頷いていた。
「わかっわよ。やればいいんでしょやれば」
意を決して、草陰から這い出していく。その様子を見た、ギルメロイがぎょっとしていた。
「お、お前どっから出てきてるんだよ! まさか、隠れて見てたんじゃないだろうな!」
―ちがうちがう。ちょっと、そこの茂みでおしっこしてただけ。
「そんなこと言えるわけがないでしょう!」
姫月が顔を真っ赤にして怒った。
「な、何で言えないんだよ。変な奴だな」
ギルメロイはうろたえつつ、怪訝な顔をする。
「あ、いや……ごめんなさい。その……近道を行こうとして、ちょっと失敗したのよ……」
「そ、そうなのか。……で、何の用だよ……こんなところに呼び出して」
―えっちしよう!
「馬鹿じゃないの!」
「いきなり何だよ!」
「え!? あ、違うの……今のは自分に対して憤ったのよ。あなたが今まで私を嫌っていたのも、私に至らない点があったんじゃないかって」
「べ、別にそういうわけじゃねぇし! お前のことを嫌ってたわけじゃねぇよ……」
ギルメロイは、ばつが悪そうにしながら、自分の頭を掻き毟った。
―フケが飛んで汚いから、やめてくれる?
姫月は、シェリーとの通信を切った。
「じゃあ、どうして?」
茂みの中に隠れている二人は、中々台詞が出てこないギルメロイに痺れを切らせていた。
「要するにだ。何て言うか……、つまり、とにかく、俺は!」
沸き立つ茂みの二人。シェリーとファムは二人で手を取り合い盛り上がる。
「俺は……お前と友達になりかたん……だよ」
最初は張り上げた声が、語尾になるとしぼんでいた。シェリーとファムは、二人でつまらそうに舌打ちをする。ファムはシェリーに感化されていた。
「別にいいわよ?」
姫月は、首をやや傾げ気味に手を差し出した。
ギルメロイは、驚いたようにたじろいだ後、緊張の面持ちで、自分のズボンで何度も手の汗を拭ってから、手を交える。それでもやはり湿ったままだった。
「お、お前ってさ、確かクッキーが好きなんだよな? この前、ニコルの野郎から貰ってたろ?」
「え?」
別に……と、言おうと思ったが、ふとギルメロイの手に目をやると、ズボンの中をまさぐっている。直観的に、クッキーだとわかった。普段は、空気が読めていないだの何だのと、シェリーに馬鹿にされるが、姫月は自分の勘の鋭さのお陰で相手を傷つけずに済んだことに安堵した。
「ほら、やるよ。友情の証だ」
ギルメロイはポケットの中から紙包みを取り出した。受け取って開いてみると、やはりクッキーが入っている。大方、試合に負けた詫びのつもりに用意したものだろうと思った。姫月が食べてみようと、クッキーに手を伸ばしたまさにその時、シェリーの大声が響き渡る。
「確保!!」
間髪入れずに、シェリーが飛び出す。遅れてファムも這い出して来た。
「お、お前ら、どうしてここに!?」
驚き、逃げようとするギルメロイにファムが魔法をかける。ギルメロイの足が地面に縫い付けられ、身動きが封じられた。
信じられない呪文詠唱の早さ。いつものファムとはまるで別人だ。
「ちょ、ちょっと! 二人とも、どうしたのよ!」
姫月の制止を聞かず、シェリーは姫月からクッキーを奪い取ると、ギルメロイの口の中に押し込んだ。




