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012

 軽くノックをすると、ジェイド先生の許可が下りた。

「失礼します」

 姫月にとって久しぶりの保健室。あまり怪我らしい怪我をしたことがないので、縁が無かった。白を基調とした清潔感のある空間に、植物の蔓が覆うように生えている。

 これは、ジェイド先生が育てている珍しい種類の食虫植物で、以前姫月が見た時より成長していた。ゲエェ、ゲエェと奇妙な声を発する不気味な花弁を持っており、空中を飛ぶ虫を、物凄い速さで直接食べにかかってくる。一応、人間は食べないらしいが、ファムはここで寝ているとき、顔を舐められたらしい。いまいち信用できないが、ジェイド先生は衛生云々の理屈で、生徒の安全よりも虫の駆除を優先させていた。それに先生曰く、新鮮な酸素を作り出すとかで、保健室に置くのが一番の観葉植物らしかった。

 壁際に並んだベッドや薬品棚といった保健室の備品には、蔓が伸びておらず、程よく邪魔をしないでくれているものの、それが植物の知能によるものだとしたら少し怖い。


 先生は衝立の向こう側にいるようなので、ファムと共に回り込む。その瞬間、ファムの顔色が真っ赤に染め上がった。口は空いているが、声にならないようで、固まったまま動かない。

 姫月自身も面を喰らって「先生。一体何をなさっているんですか?」と思わず聞いてしまった。

「見ての通り、診察だよ。なぁ、マリア先生」

 ジェイド先生の呼びかけに、マリア先生が気恥ずかしそうに頷いた。向かい合って座る二人。マリア先生は胸を顕わにしたまま、その白い素肌を晒していた。

 喪服を着た哀悼者が、それを自ら脱ぎ捨て、自分の手と腕で両胸を隠し、裸の上半身を見せつけながら、羞恥に悶えている。

「先生。これでは、私がノックをした意味がないではありませんか」

 姫月は、呆れ気味に軽蔑の視線をジェイド先生に送った。

「そうかね? 君らが男子生徒だったのなら、私も配慮するんだが……。一々劣情を催す程のことでもないし、まぁ、そう気にするな……マリア、もう着ていいぞ」

 マリア先生はやや複雑な表情を浮かべ、生徒に見られたことへの恥ずかしさからか、そそくさと修道服を羽織る。

「マリア先生……どこかお悪いんですか?」

「随分と、プライベートな質問だな」

「申し訳ありません。気になったので」

「どこも悪くはないさ。ただの定期検診だ。彼女の体は少々メンテナンスが必要でね」

 それは健康ではないという意味に取らざるを得なかったが、あまり深く追求すべきことではない。第一線を退くにはそれなりの理由があるのだろうと、自分を納得させた。

 ファムは酸欠になった魚のように口をぱくぱくと動かすばかりで、未だに声を出せずにいる。

 マリア先生は、服を直し終えると、頬を紅潮させたまま咳払いをし、態度だけ毅然とさせ、あまりジェイド先生にご迷惑をお掛けしないように、とだけ言って出て行った。

「で、何の用だ。健康状態を見て欲しいのなら、そこで服を脱ぎたまえ」

「今日は遠慮させて頂きます。伺ったのは、盗まれた媚薬の件です」

「ほぅ、何か心当たりでも」

「いえ。ただ、個人的に興味があるので犯人を捜しています」

「そうか、で、何が知りたい?」

 先生は、意外にすんなりと応じたので、姫月は拍子抜けした。

「まず、その媚薬の性質からです」

「ふむ……まぁ、いいだろう。媚薬と聞けば、性的興奮を伴う薬、あるいは惚れ薬、といった連想をするかもしれないが、実のところ盗まれたアレは、非常に強力な精神の支配薬でね」

「支配薬ですか?」

「そう、相手の自我を失わせ。自分の操り人形にしてしまうことができる。効果は一過性だが、数日は持つ」

「なぜ、そんなものがここに……」

「それを言われると返す言葉がない。まぁ、私のコレクションみたいなものだ。学院で管理している薬品の種類を、聖教会に申告する義務があるので、一応伝えてはいる。しかし……現在、聖教会から禁制品に指定されている精神支配薬よりも、遥かに強力だから、多少嘘を付いていてな」

「……どんな嘘ですか?」

「それが惚れ薬だよ。惚れ薬と聞けば、勝手に勘違いしてくれるだろ? 薬の成分は似たようなもので、実際そう使えるしな。提出している資料を、わかる者が見れば、単に惚れさすだけの薬でないと気づくはずだから、騙している訳ではないぞ。もっとも……一々成分にまで目を通す暇人はいないだろうよ」

「とにかく……無くしたのがバレたら不味いんですよね……」

「その通りだ」

 姫月は頭痛を覚えた。男性教員が女生徒の多い学院に、こっそりと精神支配薬を持ち込んでいたという事実だけでもスキャンダルなのに、挙句その危険な薬物を紛失。しかも、当の本人はまるで他人事のように冷静でいる。本来なら、むしろ逮捕されて欲しいぐらいの出来事。生徒全員を異端審問にかけるという暴挙が無ければ、協力する義理はない。マリア先生も、なぜジェイド先生の勝手な振る舞いを見過ごすのか、先ほどの態度からしてみれば、弱みを握られているのかもしれない。卑劣である。姫月は怒りにも近い反感を覚えた。

 ただし、それは姫月がジェイド先生の一面しか見ていないからかもしれない。あくまで冷静であろうと、自分を戒め、心を落ち着けた。

「失礼ですが、先生の勘違いという可能性は無いんですか? 別の場所に置いたのを忘れているとか」

「それは無い。何よりも薬品棚の結界が破られている。盗人が入ったのは一目瞭然だ」

「その結界は、生徒でも破れるのでしょうか?」

「……良い質問だ。普通に考えれば無理だろう。だが、不可能ではない。何らかの強力な道具を持っていたりすれば別だろうからな」

「ちなみに、この植物が犯人を見ていたとか……」

 姫月は、天井を侵食している植物を指差した。それを見た先生が思わず笑いだす。

「おいおい、植物に目があるわけないだろう。それにコイツに知性はない。なぁ?」

 冗談めかして、植物に話しかける先生。先生の背後、姫月の真正面で、花がうんうん、と頷いた。

「え……?」

 姫月とファムは同時に声を漏らすと、目を擦った。

「ん? どうした? 不思議そうな顔をして。まさか、本気で植物が見ていたと思っているのか? そんなわけないだろう」

 うんうん、と再びが花が同意する。姫月は、ジェイド先生に教えようか迷ったが、植物本人も見ていないと言っているので、関わらないことにした。

「この事件と関係があるのかわかりませんが……聞いて頂きたいものがあります。ファム、あれを再生して貰える?」

「え? ……あ! はい。あれですね」

 ようやく言葉らしい言葉を発したファムは、ミスリルダガーを取り出して、昨夜録音した内容を再生した。

 あの時、姫月が聞いた通りのやり取りが再現される。やはりというか、殆ど聞き取れない。しかし、二人の人間が揉めているということだけはわかる内容だ。

 全て聞き終えた状態で、ジェイド先生が口を開く。

「魔法の干渉を受けているのは明らかだな。改竄を受けている恐れすらある」

「改竄ですか?」

 姫月は質問した。

「そうだ。既に習っていると思うが、ミスリルデバイスは魔法による影響を受けやすい。そうでなけば、魔力媒介としての目的を果たせないからね」 

「内容からして、とても偽装されているとは思えませんが……何の意味があると?」

 姫月は再び聞く。

「もちろん、単純に魔法の影響で音声が乱れているだけかもしれない。ただ、我々専門家は、デバイスの録音に証拠能力を与えるのを嫌う。異端審問官になるのなら覚えておきたまえ。異端審問官が証拠をでっち上げるのによく使う手だ」

 異端審問官に憧れる生徒を前にして、身も蓋もないことを言う。聖教会側の人間にしては手厳しい意見だと思った。それはジェイド先生の本職が、マリア先生と違い魔術師だからだろうか。

「魔法の影響……そうだな……ファム君だったら、どう考える? どのような魔法が使われたと思うかね?」

「わ、私の考えですか?」

 ファムは驚いた。姫月も驚いた。二人の様子に先生は言葉を付け加える。

「ファム=リペイン。君は、リペイン家の人間だろう。魔術界の名家にして、魔女狩り最大の犠牲者を出した一族。タクマ団長は、ああ見えて、迫害を受けたマイノリティーには寛大だ。だから君の後見人になっているのだろう。君の魔法知識は、私のそれを超えるかもしれない。ぜひ、意見を聞きたいね」

 ファムは、少し困ったような顔を姫月に見せた。それもそのはず、魔女の一族は、今でも白い眼で見られる存在。それは、膨大な魔力量と、豊富な知識に対する羨望の裏返しでもあるのだろう。

「あ……あの。例えばですが、ミスリルデバイスに魔力を込めて決闘を行っていたとか……それか、魔物を呼ぶのに魔法を使っていたとか……」

「ほぅ、面白い。魔物を呼ぶとは?」

「えっと……先生は、男子寮で魔獣の遺体が見つかったのを、ご存じですよね……。でも、魔獣が寮の近くまで来るなんて、そうそう無いことです……だって、魔物避けの魔法を建物にかけてますよね?」

「よく知ってるな。確かにそうだ。しかし、魔獣の嫌がる成分を発している程度のもので、それほど効果があるわけではない。何しろ、飛竜などの乗り物でこの学院に来る者もいるからな」 

 姫月はそのことを知らなかった。改めてファムの知識に関心させられる。

「……あくまで推測です。魔獣を倒してみたいと思っていても、そう簡単には出会えません。……だから、自分で呼んでみたんじゃないかって……」

 ファムは俯くと沈黙してしまった。あまり自信のある推理では無かったんだろう。

「つまり、こういうことかね。男子生徒のいざこざで魔法の影響を受けた、あるいは、それとは無関係に、ミスリルダガーの試し切りをしたい者が魔獣の召喚あるいは、魔獣を招く魔法を使用した、と」

「……そ、そんな感じ……です……」

「なんにせよ、私の探し物とは無関係なことのように思えるが、姫月君はどうかな?」

「そうかもしれませんね」

 実際、姫月にはわからなかった。盗難、喧嘩、失踪、魔獣の惨殺。全てが絡んでいるとは限らない。

 ともかく、これ以上ここで情報を得られそうにも無かったので、先生にお礼を述べて去ることにした。部屋を出ようとしたところで、ファムをジェイド先生が呼び止める。

「ファム君には、タクマ団長への情報漏えいを規制したいね」

「わ……私にも立場があるので……確約はできません……」

 ファムは、申し訳なさそうに言った。。

 そういえば、タクマ先生とジェイド先生は犬猿の仲。タクマ先生とファムが別人格とはいえ、随分と手の内を見せてくれたものだ。事前に申請している内容と、薬の効能が違うという事実だけでも、失脚には十分だろう。盗まれた以上、証拠が無いと高をくくっているのか、それともファムが黙っていると信じているのか。どちらも違う気がする。保健室を出ながら、姫月がそんなことを考えていたとき、ファムはファムで何かを考えている風だった。どことなく、嬉しそうで笑顔を隠しきれていない。

 姫月は、思考をやめ、ファムに声をかけようとしたとき、先手を打たれた。

「姫月さんって……友達想いですね……」

「なぜそう思うの?」

「悩んでいるシェリーさんのために……犯人を捕まえようとしているんですよね?」

「……それを言うなら、疑われているあなたやマチルダのためでしょう? シェリーは全然関係ないじゃない」

「だって、姫月さんは、私やマチルダさんが窃盗事件の犯人だなんて、これっぽちも思ってないじゃないですか……。信じてくれていることぐらいわかりますよ」

 そしてファムは、ありがとうございます、と頭を下げた。


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