011
やましいことの塊みたいなシェリーが、頭を抱え込んで机に臥せっている。
「シェリーさん……世界の終わりみたいな顔をしてますよ……」
休み時間、ファムが姫月に話しかけた。
「そうね。そっとしておきましょう」
前の席でも男子生徒二人が、深刻な表情で語り合っている。
「おい不味いぞ。俺達の性癖がジェイド先生にばれちまう」
「どうすれば……いや、待て。もしかしたら先生も同志に……」
姫月とファムは聞かなかったことにした。
「ねぇ、ファム。少し外で話さない?」
姫月は『円柱の森』に出ると、柱の隅にファムを招いた。
「どうしたんですか? 何か聞かれると不味いことでも……」
ファムが小声で聞いてくる。
「要するに犯人を捕まれば、異端審問が行われることはないわけでしょう? 私達で犯人を捕まえてみない?」
ファムは少し考えた後「わかりました。……具体的にはどうするんですか?」と言った。ファムもさすがに異端審問は嫌なのだろう。
「ジェイド先生に聞くのが一番だと思うけど、まず当時のことを整理してみましょう。ファムが保健室に行った時、どうだった?」
「そうですね……。ギルメロイ君はもういませんでした。私は治癒魔法の補助になる薬草なんかを勝手に拝借して……自分の治療を行って……そのとき、確かニコル君がやってきて……胃が痛いとか言うので、見てあげたんです。でも、姫月さんがギルメロイ君に勝ったことを伝えたら急に元気になって……」
「その後は?」
ファムは、姫月が思ったような反応を示さなかったので、少しだけニコルに同情した。
「えっと……、それからマチルダさんが来て……乙女の勘がどうとかで、特に具合は悪くなさそうでしたけど……そのまましばらく三人でおしゃべりをして、鐘が鳴る前には保健室を出ました……」
「特に異変は無かった、というわけね?」
「はい……」
「廊下で誰かと会わなかった? 怪しい人とか……そうだわ。確かシェリーに似た人を見たのよね?」
「でも、あれは気のせいだったと……思います。自信ありません……。ジェイド先生の話では、あの時間……教室を抜けた人は他にいなかったようですし……」
「部外者の可能性だって……」
と言ってはみたものの、この山奥まで外部の人間が侵入してくるとは考えにくい。
「……自分で言うのも何ですが、私達四人以外に怪しい人がいたらすぐわかると思いますよ」
ファムの言う通りだろう。多少の疑念を残しつつ、姫月は、ファムと二人でジェイド先生のいる保健室へ向かった。
その途中、騎士科の教室の近くで、男子生徒と一緒にいるシェリーを見かけた。
先ほどまで悩んでいたとは思えない笑顔で、男の子に腕を絡ませている。
騎士科は『鏡の間』を挟んで、異端審問科の丁度反対側にあった。三つの学科の中で一番の生徒数を誇り、教室も広い講堂を使用している。そして、教室の前も、ちょっとしたラウンジのように机や椅子が無数に配置され、貴族の子弟を擁する学科らしく、さながら社交場のような雰囲気を出していた。
シェリーは、そこに混じってお喋りを楽しんでいるようだ。
「あれ、シェリーさんですよね……」
あまりの変わり身にファムも驚き半分、呆れ半分といった面持ちになっている。
姫月は「そうね」と呟いて、立ち止まったファムに歩を合わせた。
友人が異性と一緒にいる姿を見ると、何だかざわついた気分になる。人は、自分の親しい友人が他の人と親しくする姿に嫉妬を覚えるらしいが、それとはまた違った感情が生れている気がする。そもそも、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感がある。口では自慢する割りに、何だかんだで、シェリーは付き合っている姿を見せようとはしない。
「シェリーさん、男の子と一緒にいる時、雰囲気変わりますよね」
「ファムもそう思う?」
「恋は……人を変えるんでしょうか……」
ファムの呟きに、妙な深刻さを感じてしまう。いつものテンションが災いしていると、言わざるを得ない。
「恋って程でもないでしょう。特定の男の子といるわけでもないみたいだし」
「モテるって……どんな気分なんでしょうね……」
暗い……暗すぎる……。
「……案外、面倒なことかもしれないわよ」
ファムは、姫月をチラリと見て、ふっ、と自嘲気味に笑った。
「え? 私、今何か不味いことを言ったかしら?」
「いえ、姫月さんは何も悪くありませんよ……。悪いのは、煮え切らない男達です……」
ファムは急に達観したような渋い顔付きで、遠い目をした。
その時、はたと目があった。シェリーがこちらを見た気がした。何故かこっちがドキリとさせられたが、当の本人は気にする風でもなく上品な笑顔で会話に応じている。
「あれ? ……今、シェリーさん、私達を無視しませんでしたか?」
不満げな表情を浮かべるファム。姫月も、あまり良い気はしなかった。そして、シェリーは再びこちらを向いた。今度はマジマジとこちらを見ている。
仕方がないので、姫月は軽く手を振ってみた。すると慌てた様子で、男子生徒を引っ張るようにしながら、逃げていってしまった。
やはり、向こうも友人に見られるのは、気恥ずかしいのだろうか。乙女の身にも、乙女心はわからない。
「今のは一体何だったんでしょう……」
「さぁ……」
そうこうしながら、ようやく保健室の前まで辿り着くことができた。




