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女子隊が突然

 ハカセの答えはなかった。その代わりに、僕が経験したことがない揺れを受けた。空気が、振動してた。刺激臭がする。火薬だ。


「動かない方が身のためだよ。紅餅は、鉄砲隊小頭の親父さんに鍛え上げられてるから。十中八九外さないよ」


 今の振動鉄砲? リっアル~。でも、命中率意外に低っ。

 この段階で僕は、なんのモードも選択していない。でもどうやら、前回セーブの状態らしい。

 ハカセ、まだ改悪されたデータを復旧しきっていないみたいだな。

 そんな風に考えながら辺りを見回すと『アタック』プレイ時では充満していた濃霧は綺麗さっぱり吹き飛んでいて、あれ、密集していた足軽たちは?


「あのう、ここ関ヶ原ですよね」

「おかしな格好の小僧、私たちを馬鹿にしているの」

 僕の目の前には、女の子が七人いた。

 女の子だけど、普通の女の子じゃない。どうしてだろう、一人を除いて六人は鉢巻にお腹に鎧を着けている。

 紅餅さん? 鉄砲を構えた娘もいるし弓で戦闘体勢の娘もいる。『アタック』ってこんなに質のいいサービスイベントやっているんだ。


「姫武者モード? これはハカセの趣味なのかな、ハカセぇ~!」

「どうして巴様のことを。お前関東の忍者か、西の者か」

 一番背が高く年長な印象の娘が、鎧の隙間から胸元に手を入れた。入れたと思った瞬間、ドスみたいな刃物を抜いた。


「危ないですよぉ。少し位質問してもいいじゃないですか。僕、これで困っているんですよ」

「姫様、お退りください。紅餅の種子島にも私の小太刀の一閃にも退くどころか眉一つ動かさないとは、この異形の者……」

「同感です。小僧と見せて、その実相当な修羅場をくぐった強者と見受けました」

 女の子たちは、素早く円陣を組んだ。女子隊だね。


「まぁ、家庭内の修羅場ならくぐってますし、ググるのはほぼ毎日ですが……ねぇハカセ、バグひどくなっているよぉ」

「なんの呪文だ。欧州の技か」


 いつもの画面右上隅に、【解説:欧州、原語 バテレン】、と表記されていた。バテレンってなに? 

「あのう、僕はですね」

「近寄るな物の怪」

 鉄砲を構えていた娘(確か紅餅さん)が、銃口を空に揚げると一生懸命火縄銃をブラシで擦り始めた。


「時節と場所を弁えなさい。薄葉、小伊賀。紅餅も」

 円陣の真ん中にいた、多分姫様がゆっくりと話しだした。落ち着いた、でも存在感のある口調。


「この衣装は、欧州人の将校級の物にそっくりです。ねぇ、君は日本男児なのかな」

「ええ、筋金入りの日本人ですよ」

「ならば今この場所がどんな場所か知っているはずですけどね。近隣の方々には避難してもらっていますし」


「関ヶ原でしょ。さっきから僕も聞いているんだけどシステムはどうなってんでしょうね」

「ほほぅ」

「姫、いけません」

 やっぱりお姫様だった女の子は、僕に歩みよって来た。


「娘だけとは言え、鉄砲に弓矢に囲まれて大胆な男の子だな。宜しければお名前を教えて欲しいけど」

「笠井洸次。いたってフツーの高校生です」

 彼女たちはNPCキャラかな。ならID認証はいらないね。鉢巻に、剣道の胴みたいな鎧を着けた“姫様”は袴を履いている。お面がないけど、ウチの剣道部の姿とほとんど変わらないね。これだと、純正お姫様スタイルの十二単よりは機動性が高そうだ。なるほど設定が細かい。ノブナガモードが開くと、こんなにリアルなんだ。


「こうこうせい? 聞きなれない言葉だけど、それは土地の名かな。笠井殿、貴方はどちらからいらしたのですか」

 ええっと、昔合併しているからこの時代の地名と違うかもな。だったら、


「ぶっちゃけ関東からで……す」

 口に出してから、さすがに僕も拙いと舌打ちした。関ヶ原って、東西の戦いだったっけ。

 少し緩みかけていた場が、クッんと緊張した。円陣から一歩突き出ていた姫を再び女の子たちが囲った。武装していない一人を除いて。


「ああっと降参降参」、僕は両手を挙げた。

 でも女子隊の警戒心は僕の降参程度では全く収まらなかった。ええっと紅餅さん、どうして鉄砲擦っているの?


「巴様。どうしました」

 なんだよぉ。

 背中に細長い旗を結いて三角キャップみたいな冠り物にお腹だけの鎧姿の、戦国ゲームの動く障害、これぞ足軽が二人駆け寄ってきた。

 あ、あ、足軽は背丈よりちょっと長い槍を抱えているね。セーブオフのアイコンもでないし。なんだかヤバイ事態なんですが、責任とってよね、ハカセ。


「火縄の音が聞こえましたが」

 足軽は肩に抱えていた槍の穂先を僕に向けた。

「大丈夫です。紅餅が雉子を狙いました」

 ほへ? 僕、だけじゃなく女子隊も驚いた顔をした。

「しかし、この変わり者……」

 【原語……異形の輩】、っていいよ。もお!


「しかし姫。紅餅が撃ったと申されましたが、どこにも獲物が落ちてませんが」

「紅餅だってたまには外します」

「しかし、十中八九の腕前。やはりこの変わり者は……」

「お黙りなさい」、おお、怖っ。


「今は老虎の来襲に備え作業を進めるのが大事。持ち場に戻りなさい」

 反抗や口答えは許さない厳しい語りだった。本当にこの娘はお姫様なんだな。

 足軽は一度顔を見合わせたけど、結局巴姫にお辞儀をして立ち去ったんだ。東の方へ。


「巴様」、足軽は居なくなったけど、女の子たちは臨戦態勢のままだ。

「大丈夫でしょう」

 巴姫は、大雑把には西の方。足軽とは反対に歩き出した。


「彼が忍や不審者ならもっと上手に振舞うでしょう。それに今朝のうらないでは白いものに吉とありました」

「しかし、大事の前の小事と戒めがあります」

 年長者(って二十代前半かな)らしい薄葉さんは納得してない。


「そうだね。確かにこの時期呑気に関東から来たと言い切れる人は滅多にいなさそうだ」

 巴姫は、女子隊の最後尾でただ一人武装もせず緊張感の少なそうな娘に声を掛けた。


「この青年に縄目を」

 命令された女の子は、鞍の乗り手が不在の、まさに道草を食っていた馬からロープを取り出した。国産麻製?


「打ち首にされなかったことを感謝しなさいね」

 と言いながら近寄ってきた。

「少々身に堪える縄目でしょうけど我慢なさい」

 あれ、今まで銃火器で狙われたりしていて、チェックする余裕なかったけど、大柄な姫も女子隊もこの非武装の娘も可愛いじゃない。


「もし貴方が忍者なら、今のうちに私に白状しちゃいなさい」

 白過ぎる肌のせいか唇も艷やかで綺麗だし、顔立ちも整っている。うん、美人だ。


「姫様は怒らせると怖いんだからね。もちろん、私もよ」

 一々吐息みたいに息れが漏れる。妙に一生懸命だね、この娘。


「あのさ。君、名前は」

「まさか名前を聞いて私に色仕掛けで逃げようとしているの? そうはいかないんだからからね」

「いや、君に聞きたいことがあるんだけど」

「黙っていなさいよ。縄上手く縛れないじゃない」

「いつまでかかるの、これ?」


 周りから、どっと笑い声が響いた、「縛る相手に言われたぞ」

 まだ名無しの娘は首筋まで真っ赤になっていた。

「お前自分の立場が解っているの」

 からかうと怒るから余計可愛いくてイジっちゃうな。


「君はドジっ子メイドだね」

 女の子は、本人なりには大分怒っているみたいだ。ポカポカと僕を殴りだした。ゲンコツと言うより肩たたき手の連打。


「わ・た・し・は! 巴様一の侍女ですぅ。ドジっ子でも、めいどでもないです」

 ああ~。もっと右が凝りのツボなんだけど、この位で止めとくかな。


「はい、また降参します」

「その方がいいね」、姫様だった。

「あまりその娘を苛めると、もう一度紅餅の腕前をご披露させようかと考えていたところだからね」

 あれ、紅餅さん。火縄銃擦るって、それ発射準備ですかぁ。僕は大袈裟でなく、バンザイの格好でブルブルと首を振った。


「兎のとのこ、手伝ってあげなさい。ほどほどの強さにね。薄葉、小太刀を仕舞いなさい」

 ようやく僕は縛られた。しかし火縄銃を構えた紅餅さんは、まだぶーたれている。


「姫様、雉子なら滅多に外さないです」

「大事の前の小事。辛抱しなさい」

 こうして、縛られた僕と巴姫以下武装した女の子は、てくてくと西の方に進んだ。



 てくてく。

 あ、姫様だけは乗馬。だけど、センゴクモードの馬ってこんなにポニー入っていたっけ。姫の足が地面に届きそうだよ。

 てくてく。


「あの、意外と縛られたまま歩いているの辛いんですが」

 少し笑みを含めた口調でお姫様は、

「肝が座った青年だと思ったけど、体力は不足気味だな」

「帰宅部ですから」

「きたくぶ? 笠井殿は奇妙な世界の方だ」

「お姫様の世界とは間違いなく違います。僕ド庶民ですから」

「私は」、お姫様は、ここはちょっと不機嫌スィッチ。どうして?

「私のことは巴。そう呼んで結構」


 他の女の子は口を揃えて反対する。

「いやぁ、お姫様を呼び捨てには」

「私が構わないと言っている。所詮、姫などの世界の身分は釣り合わないんだ」

 んん? なにかのコンプレックス? 別の姫キャラ登場の伏線?

「笠井殿、貴方たちド庶民はどんな風に呼び合うのかな」

「すごく親しいとあだ名で呼び合いますが、普通は、さん。さん付けをします」

「なら、私は巴さん。巴さんと呼んで欲しいな、笠井さん」

「あ、女子が男子には君付けが多いです。僕は笠井君と呼んでください」

「了解した、笠井殿、いや笠井君」


 これって親密モードじゃね? なんだかんだで締めるところは締めてくれてみたいだな、RTはさ。や、ハカセの調整かな。

「ええっと巴さん」

 他の女子隊の視線が痛いかな? まぁ、一人のフラグ立てれば別キャラの攻略終了が大半だけどさ。


「皆さんの紹介をしてくれると嬉しいんですけどぉ」

「大胆を通り越してして、無礼だぞ」

 確か薄葉さん。


「せっかくの同行ですから、仲良くお話をしましょう。歩くだけなんて味気ない」

「はっはっは」、巴さんは大口で笑い出した。笑い方とか、なんか見慣れた印象の娘だ。

「そうだな黙っていては味気ないぞ。緊迫した今日この頃だからこそ和気藹藹わきあいあいと行くか」

 巴さんは、ひらりと馬から降りた。そして一人一人真後ろに回り込んで紹介を初めてくれた。


「小太刀の名手の薄葉。この中で年長者で、お財布と御意見係」

 こだち……あの刃物、ドスじゃないんだ。


「我が家中ではないけど鉄砲隊小頭のお嬢、紅餅。少し丸くて頬が赤いからね。披露済だけど本人も腕自慢だよ。弓ならば男にも退けをとらない弓勢ゆんぜ。兎の子、脚の素早さは逸品だよ。小石も手痛い武器にできる小伊賀」

 そしてドジっ子メイドを改めて見る。


「姫、お許しを」

 ナゼ? かドジっ子は両手を併せた。そんなに僕に名前、聞かれたくないのかな。

「この娘と私、巴。まぁこれが笠井君の同行者だ。関東の情勢動向を知りたいから、付き合いなさい」


 巴さん本人は僕に悪印象はないみたい。どこが人気のない場所でバッサリはなさそうだから一安心。

「ところで、縄ってなんとかなりませんか}

「佐和山まで我慢しなさい」

「せめて、シーン転換しませんか」

 って、インカムは補助アイコンも補足ポイントも表示してくれない。ハカセぇ。ただ歩いているって、これもリアル参加なのぉ?


「姫様」

 ドジっ子メイドの声。(あ、あまりこれを大声で言わない方がいいかな……)


「くたびれてしまって、もぅだめですぅ」

「おい、まだ半分も進んでいないぞ」

 ドジっ子は演技でなくへろへろ状態。だから非武装だったのかな。

「副えの馬に乗りなさい」

 巴さんは荷物だけを載せていた予備の馬にドジっ子を載せた。っていい加減名無しは面倒なんですけど、騎乗してラクちんになったドジっ子は、お調子よく笑みが浮かんでいる。


「全く、お前は本当に弱いな」

 小伊賀と言う従女さん。「だってぇ」

「だから殿が、い・わ・し・と名づけたんだな」

「あ~~兎の子さんダメですぅ」

「鰯?」、それ名前なの。

「ひ弱だから、鰯丸。このどじこ……」

「ドジっ子メイドです。弓勢さん」

「あ~無礼者。私、これでも幼い頃から巴様にお使いしている最古参なんですからね」

「すぐバタンキュウ~な古参だけどな」

「鰯丸さん」

「だから違いますぅ。いや、違わないけど、違い……」

「個性があっていいと思うよ」

 おおまけの社交辞令。だけど、

「個性ですか……ぇっ」

 意外に効果はあったらしい。鰯丸だと名前を教えられたドジっ子は両手で頬を抑えていた。


「歩くか?」、巴さんがきつめのお言葉。ナゼ?

「それもだめぇ」

 鰯丸が本気でパニクりまくると女子隊が笑いに包まれた(当然鰯丸だけ笑っていない)


「姫様の意地悪」

 鰯丸は涙目。まあこれが長い道中の息抜きなのかな。長い?

 正直、縄はそんなに強く縛っていない。だけど、歩き続ける姿勢としてはダメージでかい。どーにかしてよ。このムダなリアルさ。


【乱破…… 原、…止します…語】

 前触れも警告音声もなくタップポイントや補助アイコンが突然復活した。解説も今までの一時間以上溜まっていた分が読めるどころか見えないくらい超高速で流れ出している。


「セーブオフ。承認0990マイナス」


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