歴史はなにも禁止をしていないんだ
「あら、こちらは貴方たちの自宅の方向ではないけど、笠井君のお見舞いなの? パーティー形式とは考えたわね。イベントプランナーのスキルかな、これは」
川田先生も土手沿いを歩いて来た。
「よっ綾子ちゃん、一杯どうぞ」
川田先生は拳を握って三浦さんを叱る格好をする。
「担任に“ちゃんづけ”がありあますか」
「だって言い慣れないんだもーん」
「もぅ……笠井君、お母さんから伺ったより血色が良いから明日から登校可能のようですね。四日も欠席すると遅れは中々取り戻せませんよ」
血色がよくなったのは杉山さんや三浦さんと仲直りできたから。ってお母
さん、僕のサボりを知っていたのかぁ。
「綾子ちゃんは手ブラでお見舞い?」
「いえ、帰りに笠井君の御宅に伺う予定でしたが」
先生は一回深呼吸をして三浦さんの前に正座した。
「本来プライバシーなので口外したくないんですが、丁度ここに居る皆さんに関係がありますからね。三年の本多君と笹塚君の件です」
「あ、そうそう。笹塚先輩も男子部もお休みなんだ、どうして」
「盗撮の現行犯で本多君が補導されました。笹塚君はカメラの仕掛けとかの共犯です。三浦さん、悪いけど暫くは男子ラクロス部は休部、部室棟は使用禁止です」
「え~。まぁ、着替えは教室でするかぁ」
「明子ちゃん、ショックじゃないの」
「あの先輩、本当はベタベタ触るから皆嫌っていたんだよ」
ザマアミロ、正義が勝つかはワカランが悪は滅びる!
「しかしよりによって閉鎖して使われていない会社の男子トイレに忍び込んで補導されるなんて、映像とか撮影のスキルがもったいないわ。しかも忍び込んでクシャみの連発で発見されるなんて三面記事みたいだし、笹塚君は録画機器天井に向けてたから被害者はいないと思いますが念のため安全を確認します。それに本多君は市民プラザで悪戯した疑いもあるの」
落ち込んでいる先生。嫌っていても嬉しいニュースじゃないから黙っちゃった三浦さん、杉山さん。
! ハカセが満面の笑顔。まさか、RTで笹塚と本多の視覚を騙して無人の男子トイレに誘ったな。
「噂なんですが、更に本多君は笠井君と男子が抱き合っているデータを持ってたらしくて」
で、僕も関係者?
「ま、ま。先生もジュースなど一杯。洸次にもお替りじゃ」
僕が落ち込んでいるときに、ハカセは立ち止まらなかったんだ。ちゃんとオトシマエつけていたんだ。
「でもね三浦さん、悪い報告ばかりじゃないの。今回県下の女子ラクロスの試合運行は問題が山積です。私は顧問ではないですが、生徒を預かる身として、会場や日程などを考慮するよう助力しますよ」
「本当、助かるなぁ」
「先生、コンサートでのRTの不正利用の対策もお願いします」
「杉山さん、RT関係の防犯は高度なスキルなんですが、努力しますよ」
すると、杉山さんは急に僕を振り返った。
「それなら洸次君。今度初心者対応のRT教えてね」
「あれ、あれれ。誰かさんこそRT大嫌いじゃないの。笠井君は熟練者らしいよ」
「あら嫌いよ」
杉山さんは僕の紙コップにジュースを注ごうとする。三浦さんは、お菓子の袋を僕に差し出す。ハカセの趣味か片口鰯だ。
「でも、対策をしないとまたエッチな事されるでしょう。それには熟練者の助言と手とり足取りの指導が必要だと思うの」
なんの会話だこれ。僕の役割ってなに?
「ところで、これは超高級品じゃの。ちっこいお嬢ちゃんのかえ」
「御婆様。お婆ちゃんが、大事なお友達に差し上げなさいと」
ハカセは包み紙の宛名を読み上げた。
「ほほぅ青森、津軽からじゃの」
「コンクールは褒められた演奏ではなかったのですが、危うく逃げ出してしまう寸前でした。でも、『どんな結末でも最後まで諦めてはいけない、だって私のために泣いてくれる人がいるから。その人のために決して諦めてはいかない』。いつもそう戒められていたのに、つい我を見失うところでした」
杉山さんは、僕を見て柔らかい笑みを注いでくれた。
「いや、僕こそ前後考えないで飛び出してしまって。やっぱり僕こそゴメン」
紙コップからジュースを撒き散らしながら三浦さんが摺り寄ってまた杉山さんの肩を抱く。
「これも睦美のおばあちゃんの口癖なんだよ。いや、もっともっと古い言い伝えなんだってさ」
「明子ちゃん重い。明子ちゃんのお家だって家訓あるんでしょ」
「そう、女の子はいつもギラギラだって」
「違う、『元始女性は太陽であった』でしょ。もぅ御先祖様の言葉間違わないの」
「直系じゃないもーん遠い親戚だよ。あちらは男子の本家筋、ウチは女子の傍流だもん。それに、元々明子の明でハルって読む”らいてぅさん”がオリジナルをアレンジしたんだ」
「あら、初めて聞いた。それ」
「うん、初めてしゃべった。『一番の大切な人と巡り逢えるようにいつも輝いていなさい』、が本当本物なんだ」
どこかで聞いた気がする言葉なんだけど、ね。
「さて御馳走様」
先生は立ち上がった。きちんとスカートを腕で巻き込んで膝下すら見せない隙のない仕草なんだ。
「これから警察です。皆さんは遅くならないように」
「はーい、綾子ちゃん」
「だから綾子ちゃんじゃありません」
「なら、真田先生は」、と杉山さん。
「もう、今更旧姓で呼ぶなんて、教育実習の教え子だった貴方たちだけですよ」
「ほう、真田に綾子かえ。まるで真田紐じゃの」
ハカセのいらないツッコミを先生は、
「子供の頃の渾名です。でも、今は悪くなかったと思ってます。御先祖様が真田紐で無職、牢人の良人、真田信繁を支えた言い伝えは現代でもスキルがあればどんな状況も乗り越えられると解釈出来ますから」
先生それでなにかにつけてスキルって力説するんだ。
「真田先生の旦那さん売れない芸術家なんだ」
「川田です。それに売れない訳じゃありません。受けた報酬以上に経費をかける凝り性なんです」
あ。先生、あの竹姫の子孫なんだ……!
でも凝り性って、やっぱり不味いんじゃないの? 咳払いしてから改めて三浦さんや杉山さんを凝視する先生。
「ピアノやラクロス以外のスキルも大切ですよ。でもお友達も大切ですから、貴方たちの笑顔が戻って安心しました」
先生は、僕たちに何度も手を振りながら土手を高速で移動。脚すごい速い。
「ハカセ、真田信繁って戦死したんじゃなかったの? 子孫全滅しなかったの?」
「なぁに寝惚けとる。大阪夏の陣の直前、竹姫こと竹林院と信繁の子供は仙台に匿われとる。生き残っとるもんじゃ」
「それなら僅かでも巴さんや忍姫、鰯丸が生き残った可能性があるんだ。そしてその子孫たちが川田先生のように案外近くにいてお互いに知らずにいるのかも知れないんだね。僕は赦されているのかな」
「ほぇ? 洸次、お前さんな。……まあいいわい。ほれ、美女が一人去ってまた別の美女が接近じゃ。なにせ洸次の半同棲のお相手じゃぞい」
「嘘!」
三浦さんが立ち上がった。杉山さんは、落ち着いて紙コップをシートに置いてから辺りを見回した。
「オジサン、どこにも美女なんていないよ」
「ドッキリにしては低級ですよ。お年を感じてしまいます」
「嘘なものか、ほれ洸次、膝を空けとけ」
膝を空ける? なんの呪文かと思ったら、僕の膝に軽い衝撃。ブチの仔猫の飛び込みだった。仔猫は、僕が手にしていた片口鰯が欲しいのか手招きをするような、頂戴をするようなポーズ。通称ネコパンチ。
でも僕には、
(お馬鹿さん!)
と言っているようにしか受け取れないんだ。
静かな風が吹いた。
僕は、鰯丸の言葉を今になって全てクリアに思い出した。
『もしも私が仔猫だったら、貴方の隣が誰でもずっと一緒にいられたのにね』
そうなのかい。君は鰯丸なのかい。
僕はブチの仔猫を包み込んでいた。
「ほれ、なかなか熱い抱擁じゃろ」
「だ、だだ駄目だよ笠井君、そーゆーのよくないなぁ」
「そうね、ほら猫ちゃんが痛がっていない? 仔猫でも起こると怖いのよ」
ブチの仔猫は僕の腕をするりと抜け出した。ノータイムで僕は仔猫を追いかける。
「お開きかの」
「明子ちゃん、渡辺さんは」
「あれ、まだサインもらうために頑張ってるね」
「ああ、大丈夫だよ」
僕は三浦さんや杉山さん、ついでにハカセを振り返った。
「すぐ近くにバス停あるから多少遅くなっても平気。それより歩きたいんだ」
そして、意外にも走り去ったはずのブチの仔猫は引き返して僕の足許をスリスリしていた。
「うん。スピードもいいけどたまには歩こうかな」
「洸次君、私もお供しますよ」
それから僕たちは五月の土手沿いを歩いていた。ただ、歩いて誰もしゃべらなかったけど、僕はあまりに劇的だった何日かの記憶を蘇らせながらゆっくりと歩いていた。遠くで、まだ渡辺さんがサインもらおうと頑張っているのが見えた。
静かで柔らかい風が吹く。
ブチの仔猫が、着いておいでよと誘うように前を歩く。
ニヤけたハカセがたまには助言してくれる。
決して諦めない杉山さんが側にいてくれる。
そして、太陽みたいに輝く三浦さんがいる。
だから、僕は前に進むんだ。
まだ知らない時代に触れるために。
きっと歴史はなにも禁じていないんだ。
<完>
おつきあい頂き有難う御座いました




