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大戦の、翌日

「何故インカムなしに“飛んだ”んだ」


 僕は、さっきまで手足を縛られていた。暴れて自暴自棄になってはいけないと判断されていたんだろう。


 ハンドルを握るハカセが缶ビールに手を延ばしたが、橋本氏が咳払いして止めた。


「こんな半端では報告も発表も不可能だ。だが、まぁ実験としては価値があった。暫くはデータの整理とシステムの再構築だ。笠井君も休むがいい」


 それ以外は時々誰かがしゃべったけど、会話は長く続かなかった。




 翌日。


 結果的には僕は四日連続で学校をサボっていた。昨日までは、一応制服を着て家から出ていたけど、今日は自室のベットと同化していた。


 真っ暗だけど、風を感じる。またカーテンを閉めて窓を開けたままだな、このバカものは。


 バカものの最後か。いいね、このまま腐り果てる人生もさ。


(にゃん!)


 今度は、衝撃を感じなかった。ベットと同化するとこんな利点があるんだね。

 声からして、いつものブチの仔猫だ。もう、僕は腐って行くんだからプリンなんてあげないよ。お腹に重みがあるけど、無視。無視。


 でもこれまでの勝手気ままが悪かった。仔猫は、僕のお腹から顔に向かって歩き出した。


 仔猫とのニラメッコ。うん? ブチの仔猫はなにかを咥えていた。


 枕元のスタンドを点けると、それは鰯丸に渡しそびれていたドジっ子メイドのストラップだった。


 もう会えない、人へのプレゼントだ。ブチの仔猫はストラップを落とすと、窓からでていってしまった。



「でかけるよ」


 お母さんは、黙って玄関まで僕を見送った。昨日もハカセが平身低頭で謝罪してくれたからそんなに怒られていない。


 日射しから、午後四時半頃。授業も、クラブも終わったかな。


 ハカセの杜だと、橋本氏がいる危険性もあるから今日ばかりは嫌だ。僕は、土手沿いに向かった。少し遠回りだし舗装していないから、雨の日は使わないけど、大半直線で便利な僕の通学路だ。でも、そうか。そのままだと到着はしないけど学校に近づいちゃう。ならどこに行こう。


「ロケだってさ。連ドラの」


 目的地も決めずにまだ土手をのんびり歩いていた。昔の洪水対策工事の放置残土が素人モトクロスの練習場になっていた。そこで収録中らしい。


「あれ、笠井君。具合はどうなの」


 ロケよりも野次馬をぼんやりと見物していた僕に、杉山さんが話しかけてきた。え、杉山さん、家こっちじゃないよね。


「あ、あ。うん」

「明日から来れそうなの」


 僕は杉山さんの顔がまともに見れなかったから、回れ右していた。

「委員長の三条さんの代わりにお見舞いにお伺いするところだったの」


 仮病です。見舞いなんていりません。一歩だけ、僕は杉山さんから離れた。


「笠井君、あのコンクールの時は御免なさい。私あれから御婆様に叱られちゃった」

「いや、僕が無神経だったから」

「ねぇ、怒ってないなら私を許してくれるならこっちを向いて」


 杉山さんは小走りに僕の正面に立ちふさがった。どうしてか、手には小箱を抱えて。


「電話なんだけど御婆様が、“最後まで諦めないのは我が一族の掟”ですって」

「古風だね」

「掟はね。でも、その通り、私笠井君の御陰で諦めなかったの。コンクールはまた挑戦する」

「そうか、それなら僕も嬉しいな」

「じゃあ、これ。全部じゃないけど御婆様の山で摂れた林檎で出来たジュースなの」

「いや、受け取れないよ」


 外出してヨカッタな。僕と杉山さんが小箱を押し問答していると、接近ドップラー効果でMTBが突進してくる。


「おおっ。ブレーキ。渡辺ちゃん、ロケまだやってるよ」


 ラクロスのユニフォーム姿の三浦さんが後ろに同じくユニフォームを着替えていない渡辺さんを乗せていた。急停止したMTBから降りた渡辺さんは、

「サンキュウ明子、ああ笠井君。サイン頂戴」

「え?」

「快気お見舞いのサイン」

 あのね。

 成り行きと勢いで僕は渡辺さんのサイン帳にミミズ文字を書く。


「ありがとう笠井君、嬉しいなっと。じゃあロケのサインもらわなきゃあ」


 渡辺さんは野次馬の中に突進した。


「さてさて、おっほん」


 三浦さんは、MTBを押しながら僕と杉山さんの間に割り込んで、ホイッスルを吹く真似をした。


「こちらは青少年健全交際監視委員会、キミたちは不純異性交際の疑いがあります」

「ありません。それに、誰かさんは、誰かさんを見損なったんじゃないの」


 杉山さんがジト目で三浦さんに一言。

「うん」


 三浦さんは朗らかに返事をした。ナゼ?

「あの日は汗が目に入っちゃって、笠井君が見えなくなっていたんだよ」

「それ、見損なったじゃなくてねぇ」

「先輩が一方的に頼んだことだし、笠井君はちゃんと断っていたって。謝るのは私の方だったんだ。ゴメン」

「いや。仲直りできるのは大歓迎だよ」

「だから、明子ちゃん言葉遣い適当過ぎるよ」

「いいからいいから、あれ、睦美またジュース二本プレゼントか」

「いいでしょう、もう超マイペースなんだから」


 三浦さんは、杉山さんの肩を抱く。杉山さんが重いと不平を鳴らすけどね。


「笠井君さ、姫、睦美は遊びに行ってもお茶二杯しかださないんだよ。お金持ちなのにケチだねぇ」

「お金持ちは明子ちゃん家でしょ。三杯のお茶はもう我が一族は禁止なの。お茶の次は紅茶、その次はサイダーとか出しています。ケチじゃありませんよっ」


 僕は二人が、二人と前みたいに戻れて嬉しかった。


「コンビニでなにか買って休もうか」

「ならさ、これがあるじゃん」


 三浦さんが、杉山さんのお見舞いを指す。


「これは、笠井君に持って来たの。それにね……」

「いいじゃない。三人で飲もうよ」


 杉山さんが困った顔をしたけど、その理由を質問する前に三浦さんが小箱を開封。


「あっれー、これ栓抜きやコップ要るね」

「だから言ったでしょう」


 僕は箱の中身を確認して仰天した。


「天晴姫様印の、しかも黄金の日の丸扇持ちじゃないか」


 通常の姫様印が一本千五百円クラスなら、黄金の日の丸扇持ちは七、八千円する。液状黄金と呼ぶ人もいるくらいだ。


「もらえないよこんな高価な物」

「御婆様が是非手渡ししなさいって。だから貰って」


 三浦さんが開封しちゃったから僕は小箱を持って正直途方にくれてしまっていた。そう言えば昨日美香が飲みたがっていたけど、もちろん僕はこんな高価なもの、もらえる立場じゃない。


「お嬢さん方、こんなアイテムが如何じゃの」


 ハカセが、コンビニ袋を両手に土手を登ってきた。小脇に折畳んだブルーシート。


「シートを敷いて、野次馬とロケを見物しながら交流を深めようぞ」

「ハカセ」

「先日は先輩の搬送や輸送とか有難うございました」

「この人が噂の“ハカセ”さん? 杜に入ったら誰も帰って来ない噂の?」

「いや、僕昨日もいたし、杜に。それにお隣さんだから平気だよ」


 しかし出現が恐ろしいジャストタイミング。あっハカセ僕のフィスホにGPS追尾仕掛けてたな。


「では、一本百円のジュースで春の小川を寿ごうぞ」

 一応ハカセを端に座らせて小宴会開始。ハカセに次いで杉山さんが座り、三浦さんはハカセから一番遠い場所に座った。でもよく見ると、四名が四隅に座っていないで、僕を中心点にYの字の体形ってナゼ? うれしいけどさ。



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