結末は、佐和山で
「よいしょっと、橋本これで最後じゃ」
僕は、地面に膝を立てていた。
「人口密度が低いから通報されなかったが、町中で腕を振り回したり叫んだりして、かなりの危険人物だ。一先ず荷台に載ってくれ」
脇をから持ち上げようとする力を感じるけど、僕は四つん這いの姿勢になり、粘着質な唾を吐いていた。嘔吐ではなかった。
インカムが外され、“現代”の関ヶ原がある。ため息が聞こえて、何か冷たくて硬いモノが背中に当たる。四つん這いから、身を起こされてなにかに寄りかかっているのは判る。
「皆、死んじゃった」
「何百年も前の事さ、君の干渉など無関係に、とっくに皆死んでいる」
橋本氏は、僕より少し上を眺めていた。
「僕が巴さんや紅餅さんたちを。世田谷や江戸で無事だったみんなを」
僕の肩を掴む橋本氏。
「途切れ途切れに聞こえていたが、彼女たちは、納得して選択している。輝いて死ねたなら、それもアリだ。今回はオイデップス型……」
「黙ってよ!」
橋本氏は、僕の身体をひねった。今まで身体を預けていたのは、大きい石板だった。
「平塚雷鳥。為広の子孫が建てた顕彰碑だ。今、寄りかかる君を支えているモニュメントは」
「それが?」
「あ~これもバッテリーが切れているの。橋本」
「インカムも切れているでしょうね。さて、もしかしたら最後のレクチャーだ」
僕の口が、濡れた。
一瞬拒絶をして身体を逸らしたたけど、それがボトルの水だと解ると、ボトルを奪って飲み干していた。水の次はジェル状の栄養補給剤。
こんな、皆が死んでしまう原因を造りそれを目撃していても喉は乾くんだ。お腹は減るんだ。
「佐和山の、現代では城跡の某る場所は、女郎ヶ谷と呼ばれるそうだ。大勢の城内外の女性が徳川の辱めを拒み投身自殺をしたらしい。まあ、落城伝説だ、珍しくない話だ」
トラックのエンジンが大音量で掛かった。
「橋本いきなりそんな話しから入るか」
「主幹、根拠のない期待はさせない方がいいでしょう。どうする」
橋本氏も片膝をついて僕と視線を合わせる。
「もう一人の女の子は、石田の姫を助ける名目で逃走させたんだろう。私から言わせると、身体の自由が効かないで荷馬車が目的地まで辿り着けるとは考えにくい。犯罪者のいい餌食だ。石田の姫も、同じだ。死亡、焼け死んだだろう。女郎ヶ谷は落城伝説だが、佐和山が焼け落ちたのは事実だそうだ」
「鰯丸! そうだ、鰯丸はどうなったの」
「時間飛翔した君本人が解らない事は私たちでは手掛かりもない。小娘と記録のないお姫様だ。推測するしかない。まぁ死んだな」
「橋本」
「君の家まで送るよ。それはこちらの誠意だ。治療をするからまず荷台に連れて行くぞ、立てるか」
意地でも自力で荷台に行くよ。ちょうど荷台の真ん中に、応急治療セットがあった。
「これ、ストラップ?」
応急セットの脇に僕が富士川SAで買って巴さんたちにプレゼントしたはずのストラップが置かれていた。
「さっき荷台に積んでいた分のバッテリーを確認した際に発見して集積した」
僕のプレゼントは、手渡されていなかったんだ。だから、誰一人お世辞でもお礼を言わなかったんだ。なにもかもムダなんだ。
「触れる感覚は伝わる。君の手を離れた刹那、物品はデーター化やRTの範囲を超えられずに彼女たちから消えた。まだ我々はRTの掌で踊る小猿にも及ばないらしい」
消毒液か。僕は腕に刺激を受けた。
痛いんだよ。
「僕は、転んだのかな」
「こっちの中継に届いたデーターだと一回くらいは転んだが、大半は、その戦場の怪我だ。なぁに接触レベルのプロテクトやデーター化が不充分だった御陰か、致命打ではない。消毒が滲みるのは我慢しろ。俺も何故か火傷をしている」
橋本氏は左腕にあるピンポン玉ほどの大きさの火傷を見せた。
確かに僕たちはいたんだ。今の関ヶ原町じゃない、戦場だった関ヶ原に。
「佐和山に、連れて行ってよ。もしかしたら、二人を助けられるかも!」
「さっきも言ったが、期待しないほうがいい。むしろ残酷な現実を確認するだけかもしれない。焼け死ぬ姫たちを見て立ち直れるか」
橋本氏に、ビニール袋に入った商品が投げつけられた。
「橋本、この耐火シートはなんじゃ。荷台に追加した防災頭巾や発動機やバッテリー、輸送用石油タンクはなんじゃ。皆お前が買うたんじゃろ」
「そうです。決着はつけたがいい。でも、牛を川に連れて行けても、水は牛が求めなくては飲まない。私だって貴重な被検者を危険な目に遭わせたくない」
「耐火シート?」
「忘れたのか。君から手離れした物は“こっち”の世界に留まっていたが、君と触れていた戦国時代の女たちは“こっち”の風景を眺めながら地理的移動をしている」
「僕と触れていたら、耐火シートとかの効力が有効」
「可能性だ。それに、時間飛翔したら江戸時代でしたなんてオチもあるし佐和山に行ける保証もない。正直、もっと技術が安定して、タイムスリップに導いた”ナニ”かを特定して安定させてから再訪するべきだと提案したい」
「行くよ。きっと今すぐの僕じゃないと意味がないんだ」
「全く青春の暴走ってやつは」
「それがないから、お主は山崎女史を逃がしたんじゃぞ」
「分割でいいですから、今回の支払い折半ですよ」
ハカセはこそこそと助手席に逃走。
「まぁ、接続が不安定だ。その不安定故に時間飛翔したのかもしれず、ここは運命に任せよう。だが、期待は殆ど出来ないと思え」
僕はうなずきながら消毒液を腕にブッかけた。もう一度関ヶ原。佐和山に行くと決めたら今では、傷や火傷の痛みも感じないよ。
「なら、佐和山にゴーだ。打ち合わせもあるから、前に乗ってくれ。インカムにしてもバッテリーは少しでも蓄電したい」




