六つの巷で待つ人は?
大谷隊、平塚隊は東軍に加担して攻めて来た小早川を撃退した。でもこれに脇坂隊などが加わると、戦線は崩壊して、為広さんは戦死するのが史実らしいんだ。
「皆どう元気」、巴さん。
「息が切れていますが、なんのまだまだ暴れます」
「しかし、急ぎの出立で換えの獲物がありません」
巴さんの薙刀は刃毀れがひどいし、紅餅さん弓勢さんは弾切れ状態。後の人も同じかそれ以下だろう。
「姫様、そちらでしたか」
鰯丸だった。そう言えば今までどこ行ってたのかな。
「笠井君、手伝ってください」
鰯丸は、荷車に武器を積んで運んで来た。
「槍に太刀に小刀、火縄弾薬に替えの弓矢、弦。なんと小伊賀の得意な礫まで」
「倒れている足軽からお借りしました」
と言った途端バタンキュー。
「鰯丸」、巴さんは鰯丸を抱きしめた。
「何よりのお手柄。薄葉、貴女を軽く見ていたのを詫びます」
「私は姫の一の侍女ですから」
「そんな無理しなくてもお前は私の大切な侍女だよ」
「殿様に拾って頂いた上に侍女として育てて貰えました。いつか存分に、お役に立ちたかったんです」
「ああ、鰯丸怪我をしているね。貴方はもう退りなさい」
「姫、小早川隊また来ます」
平塚隊の足軽が伝える。
「更に御注進。脇坂様の部隊がようやく動きました。恩知らずの金吾や市松の雑兵どもめ、これで御終いですぞ」
平塚隊の足軽さん。それは僕たちの方なんだよ。脇坂安治の裏切りが致命打なんだ。
僕の顔を見て、巴さんは事態を察したらしい。
「笠井君、鰯丸をお願いします」
「嫌です。鰯丸はいつまでもお供します」
「笠井君、私の可愛い妹を宜しく」
巴さんは新しい獲物、槍を手に堂々と名乗りを上げる。
「平姓三浦為重の七世孫、平塚因幡守為広の娘、巴。存分にお相手致します。女子と侮っては刀槍の錆になりますよ」
「巴隊副将、薄葉。暴れますよ」
皆巴さんに続く。でも、それはやっぱり六人分の力しかないんだ。平塚大谷隊は、萎れるように後退する。
「鰯丸、僕から離れないで」
「でも、姫が」
もう、平塚隊陣地とは言えないほど敵味方が乱れていた。当時としては大柄な巴さんが、時々しか見えないほどだ。
「笠井君、まだ健在の御様子」
為広さんだ。返り血で全身赤黒く染まっていたけど、顔は意外にも朗らかなんだ。
「ゴメンなさい。僕は巴さんを危険な場所に連れてきてしまいました」
「巴は武士の娘。本人が望んだのだから感謝する。もし“くん”が借りを感じてるなら、刑部殿の使いの付き添い頼まれてくれないか」
「鰯丸をここから逃がしたいんです。それも併せてなら喜んで引き受けます」
僕は、鰯丸をさっきの荷車に載せて大谷陣地に。幸い僕なりにスピードをだしたから鰯丸は荷車でバタンキュー。大人しくしてた。
「因幡様の使いの者です」
荷台を陣地のある麓に置いて僕ともう一人の従兵は小高い大谷隊の陣地に通された。
「ご覧の通り、平塚隊は崩壊です。あの伝言と言うか」
『名の為に棄つる命はおしからじ
終にはとまらぬ浮世と思へば』
これは本物の従兵さんに語ってもらった。
人の命なんて永遠じゃないから、名前を残せるなら命なんて惜しくないと言う意味なんだそうだ。為広さんはもう覚悟していて、僕はムダな努力をしていたんだね。
悲壮なこの和歌の意味はハカセが教えてくれた。まだ音声が届く場所にいてくてれる。
この遺言と同価値の和歌を聞いても大谷さんは、微動だにしない。そう、まるで人形か生きてないみたいに。
大谷家の人が、平塚家の従兵に礼を言って帰らせた。その後で、
「貴方は、もしかして佐和山の異形の少年」
とても成人男性の声ではない。
大谷さんの後ろに、大谷さんと同じ覆面をしたお侍。でも、体格から女性っぽい。
「一回だけだから覚えてないでしょうね。刑部の娘、竹です」
覆面を外し皺とかの化粧を取ると、若いお姉さんが現れた。
「父、刑部は昨夜卒しました。しかし、合戦目前に副将が卒しては士気に障り、なにより武士としての恥辱」
どうして武士ってこんな性格の人ばかりなの。生きる手段を選んでよ。
『洸次、大谷刑部吉継は関ヶ原本戦前に死亡していて、実際の指揮は平塚の殿だと言う説がずっと前からあるんじゃ。真実とはの』
「上田も戦火から免れず、良人は私を父の許に遣わしましたが、父の病は篤く。私と因幡殿が代役を果たしました」
「奥方様、頃合です」
更に、もう一人大谷さんの後ろから、明らかに忍者の衣装が出現。
「佐介もう少し。先ほどの歌は、以前より父と因幡殿が交わしておりました。今、父の遺志を貴方に伝えます」
『契あれば六つの巷にしばし待て
おくれ先立つ事はあるとも』
「知りません、僕バカだから、覚えられません。だけど、覚えるからお願い。鰯丸を一緒に逃がして」
「その願い叶えると答えたい気持ちは山々なんだけど……」
「成りません。貴方は今は真田の正室。陣中が身を隠すによいとこれまでは我慢しましたが」
忍者は腰に帯びた小刀を抜いた。
「佐介、判かりました。許してね。これで退散します。湯浅、父の事も少年も頼みます」
大谷家の侍さんに、竹って人は声を掛けた。大谷隊の幹部らしい湯浅氏は僕たちのやり取りを傍観していたけど、
「姫、湯浅隆貞一切承知致しました」
うなずいて僕に近寄ってこう語った。
「人は割けないが主人のない馬を見繕って荷車につけてやる。それなら、かなり逃げ切れそうだろ」
「あ、ありがとう」
「なら安心。佐介お待たせ」
竹さんと佐介と呼ばれた忍者は素早く離脱してしまった。
「さて、馬だ。後はこの娘と落ちるなり勝手にしてくれ」
湯浅隆貞さん、僕貴方のこと忘れないよ。僕が頭を下げたのを湯浅さんは見ない、振り返らなかった。この人も武士なんだ。
そしてナイスタイミングで鰯丸が気付く。
「あ、笠井君。ここは? 巴様の許に帰らないと」
「大谷隊の陣地の麓。鰯丸、今僕任務を考えたんだ。また君に手柄を立てて欲しいからね。僕と君じゃなきゃ遂行できない」
戦場って物資が色々あるね。僕は、麻縄を入手していた。鰯丸の出血箇所を僕は撫でる。致命傷じゃやないと安堵する。
「手柄? イヤ、駄目。なんだか破廉恥以上に悪い予感が」
「半分当たって半分は外れかな。鰯丸、このまま佐和山に行ってしのぶちゃんに逃げるよう説得してね。大事な作戦だよ」
僕は鰯丸が抵抗する前に足を荷車に括りつけた。足だけだから、佐和山に着く頃には外れているかも、いないかも。
「笠井君の大馬鹿ァー」
僕は馬のお尻を叩いて佐和山に走らせた。
「鰯丸ー、巴さんを助けたら、しのぶちゃんと合流しなくちゃ。頼むよー」
鰯丸の罵声がしばらく僕の耳に残った。
「お前、あの女と逃げないのか」
「うん。別の女の子とのオトシマエをつけなきゃあいけないんだ」
余計な心配ありがとう、足軽さん。あンただって逃げないじゃない。
もう僕は迷わない、斬り合いだってする。
秒単位で崩壊している西軍の平塚隊陣地に僕は戻る。
落ちていた誰かの太刀を手にしていた。誰かが巴さんを助けたい僕の願いを邪魔するなら、殺人だってするさ。




